光を使ってニューロンを制御する行動研究に迫る
このほど、OIST神経生物学ユニットの研究チームは、ラットを使って、行動の意思決定を司るニューロン(神経細胞)を特定したと発表しました。今回の研究で、ジェフ・ウィッケンス教授率いる同ユニットの研究員たちは、光でニューロンの活動を制御するという手法を用いて脳の特定領域を不活性化させた結果、報酬を得ようとするラットが以前よりも柔軟な行動をとるようになったことを明らかにしました。光遺伝学と呼ばれる光学と遺伝学を融合させたこの手法は、「単にニューロンの活動と行動とを関連付ける従来の手法とは異なり、特定領域のニューロンの発火や活動の抑制が、ある行動と相関関係にあることを示しています」とウィッケンス教授は説明します。光遺伝学的手法を用いた行動柔軟性に関する今回の研究成果は、学術誌Learning & Memory に掲載されました。
光遺伝学では、まず、ニューロンに、特定の光に反応するタンパク質を発現させます。次に、光ファイバー・ケーブルを使って脳内に光を照射し、光に反応するタンパク質を発現させているニューロンの活動を制御します。論文では、研究チームがこの光遺伝学的手法を用いて、どのようにニューロンの発火を抑え、活動そのものを抑制したかについて説明しています。この手法を使えば、脳の特定領域を標的とし、ニューロンを精緻に活性化、あるいは不活性化させることができます。ウィッケンス教授にとって、光遺伝学は「神経科学の常識を覆す研究手法」であると言います。
論文では、脳の側坐核と呼ばれる部分が、行動の柔軟性に重要な役割を果していることや、ある目的を達成するために行動戦略を修正できる機能を持っていることが説明されています。ラットを使用した実験では、二つのレバーを設置し、一つのレバーを押すと報酬を得られるようにしました。ラットは同じレバーを20回目まで押して報酬を取得し続けましたが、21回目には、報酬が得られるレバーがもう一方のレバーに切り替えられました。通常、ラットはこれまで報酬を得ていた方のレバーをしばらく押し続けてから行動を変えますが、側坐核ニューロンの活動が光遺伝学手法によって抑制された場合、ラットは通常よりも早く行動を変え、もう一方のレバーを押し始めたのです。正しいレバーを押したかどうかが報酬の有無によって判明するその時間域にニューロンが抑制されたことで、ニューロンの抑制によって生じる行動の変化が起こりました。言い換えれば、ニューロンが抑制されている間、ラットは正しいレバーを選択できたということになります。
この実験により、報酬あるいは無報酬といった反応を受ける際に、光遺伝学手法を用いて側坐核ニューロンを抑制すると、行動の柔軟性が高まることが初めて示されました。この研究結果について、「ニューロンが過去の報酬を記憶し、動物はこのニューロンの記憶に基づいて目的を達成するためにとる戦略を変えるべきか否かの判断をしていることを示唆しています」とウィッケンス教授は話します。どうやら、側坐核ニューロンは過去の報酬の記憶を留めておくニューロンのひとつだと言えそうです。そして、光遺伝学手法によって、こうしたニューロンの抑制と、行動の意思決定との因果関係が明らかになったと言えます。
新たな研究を視野に、光遺伝学の潜在力に大きな期待を寄せるウィッケンス教授。「脳の働きを理解するうえでの最大の課題は、特定の行動をもたらすニューロン活動を突き止めることでした。この手法を駆使することによって、それが可能となるのです」と同教授は締めくくりました。
Learning & Memoryに掲載された論文は、下記リンク先よりお読みいただけます。
http://learnmem.cshlp.org/content/21/4/223.long
(エステス キャスリーン)
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