大陸を越え専門分野を超えたADHDの研究
注意欠如多動性障害(ADHD)の神経生物学的原因を解明することが、より効果的な新しい治療法につながり、この障害をもつ人たちの助けになる ― OIST発達神経生物学ユニットに所属する古川絵美研究員は、これを目標として研究に励んでいます。オンラインジャーナルプロス・ワン(PLOS ONE)に先頃発表された論文は、その研究成果の一つであり、ADHDの障害に関係する脳内メカニズムの理解を深めるものです。この論文の基となった研究は、OISTの古川研究員、ゲイル・トリップ教授、ジェフ・ウィッケンス教授に加え、リオデジャネイロにあるドール研究教育施設(D’Or Institute of Research and Education、IDOR)のジョージ・モール博士とパウロ・マトス博士をはじめとする研究チームのメンバーが、それぞれの専門的知識を結集し、実現させました。つまり、本研究成果は、精神医学、神経画像研究、神経生物学といった複数の分野にまたがる学際的研究、また、国際的共同研究の賜物といえます。ADHDの発生率は、全人口の約5%を占めることを考えると、このような共同研究の成果が将来数百万人もの人々を影響することになるかもしれません。
ADHDをもつ人は報酬への感受性が異なると言われています。例えば、大きい報酬を待って得る機会があっても、すぐに得られるならば小さい報酬を選ぶことが多いのです。人は通常、大きい利益を得る可能性が最も高くなるように行動することを学びます。この時、人の脳には、特定のニューロンへの刺激によって、より利益的な報酬を待つことができるように手助けをする仕組みがあります。しかし、ADHDをもつ人は、このような行動のパターンを学ぶことが難しいようです。例えば、ADHD児童は、そわそわしたり、友達をつついたり、一つの課題を終わらせずに他の課題を始めたり、窓の外に何か面白いことを見つけたりすることが頻繁にあります。これらの行動は、友達や教師からの反応や注目を集めたり、即座の報酬への刺激となります。一方で、ADHDでない児童が学業に集中して取り込むことができるのは、その行動が過去に成績の向上や両親から褒められることにつながった経験を基に、後でのより利益的な報酬を予期しているからです。このようなADHDにおける報酬への感受性の変調をきたす神経生物学的原因は明らかにされていません。そのため効果的な治療や対処が難しいのです。
研究者チームは、報酬を待っている時と報酬を受け取った時に生じる脳の反応が、ADHDをもつ若年成人とそうでない若年成人においてどのように異なるかを調査しました。これまでの研究で、ADHDとドーパミンとの関連性が明らかにされており、ドーパミンは報酬に基づく行動学習にも関与していることがわかっています。そのため、古川研究員らはドーパミンの機能が集中している脳領域の線条体に焦点をおきました。機能的磁気共鳴画像法(fMRI)を用いてこの脳領域の活動をみたところ、ADHDをもつ成人とそうでない成人では、報酬を待っている時と報酬を受け取った時に異なった反応を示すことが確認されました。ADHDをもつ成人では、報酬を待っている間は脳活動が低いものの、報酬が与えた時点では高い脳活動がみられました。しかし、ADHDをもたない成人の脳は逆のパターンを示し、報酬を待っている間のほうが、報酬を受け取った時よりも脳活動が高いという結果でした。報酬を待っている時と受け取った時の両方の脳の反応がADHDでは異なることを報告した初めての研究です。
この研究がもたらす影響は広範囲に及ぶでしょう。本研究結果から、ADHDの障害があると、報酬を待っている時にはドーパミンが放出されない一方、報酬を受け取った時の放出が続くため、報酬に基づく行動学習が成立せずに、不注意、多動、衝動的行動につながると示唆されます。このような行動はADHDの特徴的な症状で、即座に何らかの報酬につながりやすいということです。「私たちの研究が、ADHDの理解を深めること、そして最終的にはより効果的な治療方法の発展に役立てば嬉しい」と古川研究員は述べています。
本研究のもう1つの成果として、OISTの研究者と世界の研究者の幅広いコラボレーションが挙げられます。「この研究に関わったすべての人々が、様々な知識やスキルを辛抱強く私に教えてくれて、専門分野を超えて議論し、研究計画を立てて行くことに本当に長い時間を費やしてくれました。このような良き指導者や共同研究者の方々と一緒に研究に携わることは、私にとってかけがえのない機会でした。これは、OISTが提供しているようなサポートがあってこそ実現したと思います」と古川研究員は振り返って述べました。
本研究は、リオデジャネイロにあるドール研究教育施設とリオデジャネイロ連邦大学、ニュージーランドのダニーデンにあるオタゴ大学、およびオランダのアムステルダムにあるアムステルダム自由大学と共同で発表されました。
古川研究員がPLOS ONEに発表した論文は以下のサイトで読むことができます。
http://www.plosone.org/article/info%3Adoi%2F10.1371%2Fjournal.pone.0089129
(エステス キャスリーン)
研究ユニット
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