最先端技術で、12の新種ゾウムシを発見
沖縄科学技術大学院大学(OIST)環境科学・インフォマティクスセクションに所属する昆虫学者のジェイク・ルイスさんは、ゾウムシに魅せられた研究者の一人です。ゾウムシは、様々な種を含む甲虫の総称で、「口吻(こうふん)」と呼ばれる、象の鼻のような口器を持つ種も多く含まれています。ゾウムシは受粉や分解など、生態系における重要な役割を果たしますが、一部の種は農地や森林に深刻な被害をもたらす害虫としても知られています。
今回、ルイスさんと共同研究チームは、X線を用いて物体の内部構造の断面を可視化する3Dイメージング技術であるX線マイクロトモグラフィーを使用し、ゾウムシのクチクラ(外骨格をなす角皮)を覆う鱗片(りんぺん)を仮想的に取り除きました。その結果、ゾウムシのクチクラは種によって大きく異なることが分かり、この特徴が分類学や種の同定に有効であることが分かりました。この技術を従来の光学顕微鏡やDNAバーコーディングと組み合わせることで、日本、マレーシア、ベトナム、台湾で、新種のゾウムシ12種の発見につながり、これらに学名を命名しました。これらの新種は体長1.5-3.0ミリほどで、ゾウムシの中でも比較的小さなものです。
このうち、日本に生息しているのは、オオダルマクチカクシゾウムシ(Aphanerostethus magnus)とニッポンダルマクチカクシゾウムシ(Aphanerostethus japonicus)の2種です。ニッポンダルマクチカクシゾウムシは、沖縄のやんばる国立公園でも確認されています。形態学上の違いを調べ、分類するために、X線マイクロトモグラフィーで鱗片を仮想的に除去する手法が用いられたのは今回が初めてです。本研究成果は学術誌『Zookeys』に掲載されました。
研究チームは、X線マイクロトモグラフィーで鱗片を仮想的に除去すると、他の方法では容易に観察できない種間の形態学的な違いが明らかになることを示しました。このため、この技術は、特に鱗片などに覆われた昆虫の新種を特定するツールとして、今後さらに普及する可能性があります。
論文の筆頭著者で、 OISTで標本コレクションを管理しているルイスさんは、カナダ、ドイツ、日本、マレーシア、台湾、オランダのコレクションから標本を調査しました。主な目的の一つは、X線マイクロトモグラフィーがゾウムシの分類に使えるかどうかを調べることでした。Aphanerostethus属はこれまであまり研究されていませんでしたが、世界中の博物館のコレクションから日本で発見された2種を含む多くの未記載種が発見されました。
複数の方法で、新種を発見
研究チームは、従来の方法である光学顕微鏡や解剖法を用いて、鞘翅(背)に沿った鱗片、脚の棘、吻溝(口吻を保護する管)の形状などの種間の違いを観察しました。また、DNAバーコーディング法を用いて遺伝子を分析し、8種の系統樹を作成しました。ダルマクチカクシゾウムシの一部の種は形態的に酷似し、識別が困難でしたが、DNA配列は種ごとに異なるのでDNA解析は効果的でした。
上記の方法は分類学では標準的な手法ですが、X線マイクロトモグラフィーを使用したことは斬新で、隠れたクチクラだけでなく後翅の構造も明らかにすることに成功しました。Aphanerostethus属は、後翅が徐々に退化することで飛翔能力を失っていますが、その退化の度合いは種によって異なることが分かりました。通常、後翅を観察するには標本を解剖する必要がありますが、X線マイクロトモグラフィーでは非破壊な方法で内部構造を調べることができるため、解剖が難しい貴重な標本を取り扱う際に非常に有用です。
一部の種では部分的に翅が退化しているものもあり、進化の過程を垣間見ることができる点が非常に興味深いです。「一部の種では後翅がほぼ完全に失われている一方で、他の種では機能していない不完全な半翅が残っており、その中にはまだ翅脈のパターンが残っているものもあります。後翅の退化の度合いの違いは、分類学や系統分類学に役立つだけでなく、かつては重要な器官あったものが、同じグループ内の異なる種で、異なる進化段階にあることを示しています」とルイスさんは説明します。
日本の自然遺産への投資
ゾウムシの新種の発見は、主に二つの理由から困難を伴います。まず、ゾウムシは驚くほど多様であり、それらを完全に分類するには膨大な時間と労力がかかります。次に、多くのゾウムシは特定の宿主にのみ生息し、非常に特殊な微小生息場所にしか見られないことがあり、成虫として活動できる期間が短い場合もあります。例えば、ある種のゾウムシは特定の樹木1種類だけを食し、樹冠など樹木の特定の部分に生息します。さらに、ゾウムシの中には夜行性の種もおり、昼間にはほとんど観察されません。
このように極めて専門的で多様な自然史を研究するということは、研究者が昼夜を問わず、季節をまたいで調査を行い、多くの異なる植物種の特定の部分に注目しなければ、特定の種を見落としてしまうことを意味します。
Gulbali Institute for Applied Ecology の研究員で、かつてOIST環境科学・インフォマティクスセクションのリサーチサポートリーダーを務めていたダン・ウォーレン博士は、「これらの標本コレクションは、人間活動と自然サイクルの両方による生物多様性の変化を記録し、新種を発見するために重要です。科学的研究や保全生物学にとって不可欠なツールです」と述べ、標本コレクションへの投資の重要性を強調します。「標本コレクションと、得られた標本を管理する人々への適切な支援がなければ、私たちは、発見する前に、かけがえのない種や生態系に関する情報を失ってしまう危険性があります。」
ルイスさんは「これらの新種のゾウムシは、日本の自然遺産の一部であり、生態学的な知見はまだ乏しいものの、発見し、命名することが生物学的な理解への第一歩となります」と付け加えます。今回発見されたニッポンダルマクチカクシゾウムシの生息地であるやんばる国立公園のような自然保護区は、沖縄固有の豊かな生物多様性を保護するために不可欠です。
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