海洋に最も多く存在する細菌が地球規模の栄養素の循環に与える影響が明らかに
海面から水深200メートルまでの海洋生物をすべて採取したと仮定します。すると、その全生物量の5分の1を占めているのが、肉眼では見ることのできないほど小さなSAR11という細菌です。この細菌はPelagibacteralesとして知られ、栄養分の乏しい海洋環境でも繁栄できるように進化し、地球規模の栄養素循環において重要な役割を果たしています。それほど重要な細菌であるにもかかわらず、地球の生態系に与える影響のメカニズムについてはこれまでよく分かっていませんでした。
しかし、この度、沖縄科学技術大学院大学(OIST)の研究チームが科学雑誌『Nature』で発表した論文で、この細菌の重要な側面を明らかにしました。「SAR11が炭素や硫黄の交換など、重要な栄養素の循環において主要な役割を果たしていることは分かっていましたが、その全容までは分かっていませんでした。しかし今回、バクテリアの輸送タンパク質を包括的にマッピングしたことで、SAR11がこれらの循環にどのように組み込まれているのか、より明確なイメージを持つことができるようになりました」と、論文の筆頭著者であるベンジャミン・クリフトン博士は説明します。同論文責任著者のパオラ・ラウリーノ准教授は、この画期的な発見を可能にしたメタゲノムデータの提供に、Tara Oceansプロジェクトなどの世界的な海水サンプリングプロジェクトが大いに貢献したと話します。「これらのデータセットにより、ゲノムデータとタンパク質の機能を関連付けることができました。」
タンパク質のパズルを組み立てる
輸送タンパク質は、細菌の細胞内外へ栄養素が移動するのに不可欠であり、細菌が環境と相互作用する方法を形作っています。これは、栄養素の取り込みが地球規模の栄養素循環に大きな影響を与えるSAR11細菌にとって、特に重要です。しかし、海洋に大量に存在するにもかかわらず、これらの細菌が増殖するには特殊な条件が必要なため、これまで研究を困難にしてきました。この問題を克服するために、研究チームは、大腸菌を遺伝子操作してSAR11輸送タンパク質を発現させ、研究室でタンパク質を研究できるようにしました。
SAR11メタゲノム(SAR11の全種に共通する遺伝物質)にわたってこれらの遺伝子を分析するには、広範囲にわたるデータが必要ですが、これは広範なゲノムデータベースによって可能になりました。この中で、硫黄循環と気候の調整に不可欠な化合物であるDMSPと相互作用するタンパク質など、海洋の重要なプロセスに関連する遺伝子を特定しました。また、DMSP、アミノ酸、グルコース、タウリンなどを輸送する、環境中で重要な役割を果たす13種類の輸送タンパク質を発見しました。
世界的な栄養素循環のロジスティクス
「実験室での実験を通して、栄養素が少ない環境でもSAR11細菌が繁栄できる輸送タンパク質の特性を発見しました。これはゲノム配列だけを調べても発見できなかったでしょう」とクリフトン博士は総括します。しかし、SAR11に関するチームの研究はまだ終わりではありません。栄養素の輸送を担うタンパク質を特定した今、研究チームは代謝経路をさらに深く掘り下げ、これらの栄養素が細菌内でどのように利用され、変換されるのかを解明しようとしています。さらに、イスラエルのワイツマン科学研究所との共同研究では、栄養素を吸収する前にSAR11が環境とどのように相互作用するのかを調査しています。
本研究は、環境DNAとタンパク質の機能を関連付けるという、近年強まっている傾向の一部であり、微小な生命体が地球規模のプロセスにどのような影響を及ぼすかに関する新たな発見への道を開くものです。ラウリーノ准教授は次のように述べています。「海洋の多様性というマクロな視点とタンパク質の生化学というミクロな視点をつなぐことで、バクテリアのタンパク質が地球規模の栄養素循環にどのように適合しているのか、また、これらのバクテリアが気候変動や海洋生物多様性の変化にどのように寄与したり、または影響を受けるのかについて、さらなる疑問を提起しています。」
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