「未知のゲノム領域」が支えるお米の生殖
【科学技術振興機構(JST)との共同プレスリリース】
沖縄科学技術大学院大学 (OIST) サイエンス・テクノロジーグループの小宮怜奈 研究員のチームは、農業・食品産業技術総合研究機構(農研機構)、国立遺伝学研究所と共同で、極めて小さなRNA である「マイクロRNA」分子が、植物の生殖期の雄しべや雌しべの発生に重要な働きを示すことを発見しました。
本研究のポイント:
- イネの雄しべと雌しべの発生に必要な生殖マイクロRNAを発見しました。
- このマイクロRNAは、二次的な小分子RNA群を雄しべで大量に生成することを促しました。
- これらの二次的な小分子RNAには、配列的特徴があることを明らかにしました。
本研究成果は、食用作物であるイネにおいて生殖組織の発生の制御に関与することから、これらのマイクロRNAや小分子RNAを利用して、お米の生産性や安定した収量確保に貢献することが期待されます。
本研究成果は、2020年6月19日に英国科学雑誌 Nature Communicationsに掲載されました。
研究の背景と経緯:
ヒトの細胞に格納されているゲノムの長さは2mにも及ぶとされていますが、そのゲノム中のタンパク質をコードする遺伝子領域は、わずか2%にも満たないといわれています。では、残り98%以上のゲノム領域は、何のためにあるのでしょうか。ゴミのように不要なものなのでしょうか。
近年、高等生物において、このゴミと思われていた、遺伝子が見つかっていない90%以上の領域から、ゲノムのコピー情報であるRNAと呼ばれる転写産物が合成されていることが発見されました。これらのRNAは、タンパク質をコードしない領域に由来することからノンコーディングRNAと呼ばれ、小さく短いものから、長いものまでさまざまなRNAが見つかっています。しかし、この大量に生産されるノンコーディングRNA群の機能の多くは、いまだ解明されていません
本研究では、これまで遺伝子以外のゴミとされてきたゲノム領域に着目することにより、遺伝子解析では明らかにできなかった、農業に有用なイネの生殖形質や因子の発見を目指しました。
研究内容:
本研究は、OISTサイエンス・テクノロジーグループの小宮怜奈 研究員のチームを中心に、同イメージングセクション、植物エピジェジェネティクスユニット、機器分析セクション、および、農研機構と国立遺伝学研究所が加わって進められました。チームは、生殖に有用な領域を同定するため、雄しべや雌しべの原基が作られる時期に生成される小さなノンコーディングRNAの一種、マイクロRNAに着目しました。
1.種子が実るのに、必要なゲノム編集イネの作出に成功
はじめに、雄しべや雌しべの発生時期に生成される生殖マイクロRNAがコピーされるゲノム領域をゲノム編集技術で取り除いた変異イネを作出しました。この変異イネでは、正常なイネと比較し、雄しべの形が丸く小さくなりました (動画1、2)。さらに、イネの交配実験により、この変異イネは、雄しべのみならず、雌しべの発生にも異常がみられ、1日の日の長さが短くなる環境において、正常に実る種子の割合が著しく低くなることを明らかにしました (図1 左)。これらの結果から、このマイクロRNAが、イネの雄しべや雌しべの発生を制御し、生殖に重要な働きを示すことが示唆されました。
2. 雄しべの小さなRNA群には特徴的な配列が見られる
次に、このマイクロRNAが実際にどのような働きをしているのかを詳しく調べるために、次世代シーケンス技術を用いて、雄しべに存在する小さなRNAを定量しました。その結果、生殖マイクロRNAが引き金となり、1000種類を超える長いノンコーディングRNA群を切断し、多種多様な二次的小分子RNA群の生成を促していることがわかりました。興味深いことに、二次的な小分子RNAには、核酸を構成する5つの主な塩基のうちウラシルが特に多いなどの配列的特徴が見られました (図1 右)。
また、タンパク質を定量・同定するプロテオーム解析により、生殖マイクロRNAおよび小分子RNAと結合するタンパク質の候補因子として、雄しべのアルゴノートタンパク質の同定に至りました。 アルゴノートは、一般的に小さなノンコーディングRNAと結合して、遺伝子や転移因子などの発現調節を担うタンパク質であることから、本研究で同定した雄しべ特異的なアルゴノートタンパク質も、生殖マイクロRNAや二次的な小分子RNAと結合して、発現制御に関わっている可能性も考えられます。
このように、生殖マイクロRNAに促されて生成される二次的な小分子RNA群の解析により、機能がなく不要と思われていたノンコーディング領域の重要性と、そこから由来するRNAによる植物の生殖システムが明らかとなりました。
研究成果のインパクト・今後の展開:
本成果では、マイクロRNAが、生殖メカニズムの中で重要な機能を果たすことを明らかにし、これまで不要とされてきたゲノム領域の存在意義を示しました。このことで、動植物双方においてRNA研究の相乗的な発展が期待されます。
本論文の責任著者である小宮怜奈 研究員は、「今後、同定した多種多様な小分子RNA群や遺伝子をコードしないゲノム領域の中から生殖に重要な候補領域の絞り込みを進め、将来的には、これらの有用な形質や領域を、作物の生殖システムに利用し、安定的な収量確保や、食料問題に貢献したいと考えています」 と述べています。また、「生殖は次世代に遺伝情報が引き継がれる重要な現象です。しかし、そのメカニズムは複雑で解明されていないことも多く、その実態はベールに包まれています。今後も、ノンコーディングRNAという新分野と融合し、魅惑的な生殖研究に邁進していきたいと思います」と今後の抱負を語っています。
用語説明:
RNA (リボ核酸) : RNAは、遺伝情報を担うDNA(デオキシリボ核酸)を鋳型として、その塩基配列が転写・合成されたものです。 DNAの塩基がアデニン (A)、チミン (T)、グアニン (G)、シトシン(C)から構成されるのに対し、RNAはアデニン (A)、ウラシル (U)、グアニン (G)、 シトシン(C)の4種からなります。
小さなノンコーディングRNA : 小さなノンコーディングRNAは、20塩基から30塩基ほどの長さの極めて短いRNAで、植物では大きく分けて (1) マイクロRNAと、(2) RNA干渉と称される転写の抑制に働く小分子RNA に分類できます。
※本研究は、科学技術振興機構(JST) 戦略的創造研究推進事業 さきがけ(フィールドにおける植物の生命現象の制御に向けた次世代基盤技術の創出)、新学術領域(RNAタクソノミ)の支援を受けて行われました。