寝たきり予防に 高齢者の虚弱病態「フレイル」診断に光
概要
沖縄科学技術大学院大学(OIST)及び京都大学による共同研究チームは、血液中の代謝物をメタボロミクスという技術を用いて網羅的に解析することで、加齢性疾患である「フレイル(虚弱)」に関連する血液バイオマーカーを同定しました。今後のフレイル検査など臨床応用への可能性を示唆する、重要な成果となります。
研究の背景と経緯
社会の高齢化が世界規模で進展することに伴い、「フレイル(虚弱)」などの加齢性疾患も増加しており、全世界では、1億2000万人の高齢者(65歳以上)がフレイルであると推定されています。フレイルは、身体機能だけでなく認知機能の低下も含んでおり、様々な社会問題を引き起こす原因ともなっています。
しかし、フレイルの人々は活動範囲が狭いため、世間の目が届かないことが多いのです。フレイルの状態になると歩行困難や記憶力の低下に苦しみ、ゴミ出しや掃除などの生活に必要な作業が難しくなります。そのため、健康な人よりも多くのサポートを必要とします。フレイルは治療により健康な状態に戻る可能性があると言われていますが、その治療法はまだ確立されていません。
フレイルの治療に向けてまず必要なのは、効率的な診断方法を見つけることです。この度、OISTのG0細胞ユニットは京都大学大学院医学研究科との共同研究で、メタボロミクスと呼ばれる技術を用いてフレイル及び非フレイルの高齢患者における血液中のメタボライト(低分子代謝物)を解析し、血中濃度がフレイルと相関する15個のメタボライトを発見しました。本研究結果はPNAS(米国科学アカデミー紀要)に掲載され、フレイルの原因と健常な状態に戻す方法を探る可能性に光を当てています。
研究内容
フレイルを計測
本研究では、認知機能を測定するEdmonton frail scale (EFS)、Montreal cognition assessment (MoCA-J)、運動能力を測定するTimed Up and Go Test (TUG)という3つの臨床検査を用いて、75歳以上の高齢患者19名を調べました。
「これら3つの検査から、健康状態、気分、短期記憶、その他の兆候も示されたことで、誰がフレイルの状態にあるのかがはっきりとわかりました。」とOISTのG0細胞ユニット主宰者である柳田充弘教授は説明しています。
計測の結果、19名のうち9名がフレイルに該当することがわかりました。フレイルに該当しなかった残りの10名についても、一部の人には認知機能の低下や、運動機能の低下が起こっていることがわかりました。
血中マーカーを同定
次に、19名の患者から血液サンプルを採取し、メタボライト(血液を構成するアミノ酸、糖、ヌクレオチドなどの小分子)を詳しく調べました。131個のメタボライトを分析し、そのうち22個がフレイル、認知機能低下及び可動性の低下に関連していることを突き止めました。これらの病態を持つ患者は、22個のメタボライトのほとんどの数値が低い傾向にありました。
「血液中のメタボライトは、フレイルの兆候・症状を発見、診断、モニターするためのバイオマーカーとして使うことができます。」とG0細胞ユニットの技術員である照屋貴之博士は説明します。「血液検査という簡単な方法で、軽度な段階から診断を開始することができ、早期介入によって健康寿命を延ばすことが可能になるかもしれません。」
同定された22個のメタボライトは、抗酸化やアミノ酸、筋肉、窒素代謝などに関連するものでした。そのうち15個はフレイルと相関し、6個は認知機能の低下を、12個は運動機能の低下を示しました。フレイルと相関するメタボライトで、認知機能マーカーと重複したのは5個、運動機能マーカーと重複したのは6個でした。
この22個のメタボライトには、同研究グループが2016年に報告した健康な人の老化マーカーの一部が含まれています。このことは、血液バイオマーカーを測定することにより、個人の間で異なる生物学的な老化強度を老齢初期よりモニターできることを示唆しています。
「特に、フレイルの患者では、抗酸化成分であるエルゴチオネインの値が低下していることがわかりました。エルゴチオネインには神経保護作用があります。これは、フレイルの人が酸化ストレスに対してより脆弱な状態にあるということを意味します。」と柳田教授は説明します。
今回の研究成果のインパクト・今後の展開
本研究では、他の加齢性疾患と比較しても、フレイルは特異的な代謝物プロファイルを持っていることが明らかになりました。これらのメタボライトとフレイルの症状との関連性を示した今回の発見は、フレイルの診断及び治療の新たなアプローチにつながる可能性があります。
本研究は、OISTのG0細胞ユニットの研究者と、京都大学大学院医学研究科高齢者医療ユニットの亀田雅博医師並びに近藤祥司准教授との共同研究です。OISTと京都大学は本研究による発見に関して、共同で特許を出願しています。