移動する境界と変化する表面

ソフトマター数理ユニットでは、物理と数学が接する分野においてエネルギーの相互作用について研究しています。

 沖縄科学技術大学院大学(OIST)のソフトマター数理ユニットの研究者たちが英国王立協会紀要シリーズAに発表した新たな研究は、石けん膜が張られた柔軟に変形するループ(輪)のエネルギーについて調べたものです。行った実験は台所の流しでも再現できるほど簡単なものですが、この研究は物質科学から脊椎動物形態形成に至るまでの様々な分野に対して、潜在的に重要な問題を提示し、またどのように考えれば良いかということを変えます。本研究を担ったのが、アイサ・ビリアとソフトマター数理ユニットを率いるエリオット・フリード教授です。

 堅い枠の内側に石けん膜を張った状態を調べる実験は、1870年代にジョゼフ・プラトーによって初めて行われたものにさかのぼります。この実験では、境界になっている枠に柔軟性がないため、石けん膜の表面エネルギーのみを問題にします。OISTフリード教授は、今回の研究について、「石けん膜による表面張力だけでなく、ループ物質の曲げおよびねじれに対する抵抗から生じるエネルギーも存在します。こういった複数のエネルギーの競争で得られる平衡状態を、このモデルは捉えることができます。」と説明しています。

 OISTで行った研究の基になった2012年にルカ・ジョミとL・マハデバンが発表した研究は、内側に張った石けん膜の表面張力と境界ループの曲げに対する抵抗の2種類のエネルギーが競合させるモデルに焦点を当てたものです。実験ならびに数値シミュレーションによって、ループの長さが増加すると境界ループの曲げに対する抵抗が小さくなるため、石けん膜の表面張力によりループが座屈し、平面ではない様々な形状の平衡状態が生じることが示されました。OISTのソフトマター数理ユニットが発表した研究では、その次のステップの問題である、ループの軸のねじれ抵抗に伴うエネルギーが、エネルギー的に起こりやすい平衡状態の全体にどのように影響するのかについて調べています。

 表面張力に伴うエネルギー、ループの曲げおよびねじれに伴うエネルギーを考慮した研究により、エネルギーの大小が逆転し、石けん膜の張られたループの形状を変化させてしまう複数の状態点の存在が、物理的そして数学的に示されます。特に今回の研究は、ねじれ抵抗、またはねじれの剛性の安定化効果を実証します。

 課せられた表面張力に対して曲がりとねじりで対応できるループの研究により、弾性フィラメントや弾性チューブが膜でつながっている各種生体系のシンプルなモデルを得ることができます。このような自然に生じる組織には、形状の異なる各種のコレステロールを体内で運んでいる高密度リポ蛋白質や、結腸などの体内組織を支えている、腸内の膜である背側腸間膜、などがあります。今回の論文のきっかけとなったジョミとマハデバンの2012年の研究でも、曲げおよび表面張力エネルギーがそれ自体問題であると同時に、脊椎動物の腸管形成の主要な調節因子でもあることとの関連性が既に指摘されています。今後ねじれの影響もさらに含めることにより、腸が大きくねじれた場合の健康障害において、これらの競合するエネルギーが果たす役割について調べることができます。

 

(ショーン トゥ)

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