神経細胞内の世話人-シナプス小胞
配達員がどんなに速くあなたの家にケーキを届けても、誰かが-例えばあなたの世話人が-ドアを開けて受け取り、台所に持って来て、箱を開けるまで、あなたはそれを食べることはできません。神経細胞間のコミュニケーションについて、多くの人は都市から都市、家から家まで荷物を運搬するトラックと同様に、神経細胞の間を通る電気的または化学の信号伝達をイメージします。しかしながら、この情報伝達の仕組みについて理解するにはまだ多くの課題が残されています。OISTの科学者たちは、この課題を明らかにすべく研究に取り組んでいます。
神経細胞内、あるいは神経細胞間の信号伝達の場であるシナプスにおいて、シナプス小胞は家庭における世話人の役割を果たしています。このシナプス小胞は正常な神経機能の発現に必須なタンパク質や他の分子を、神経細胞の内外に運ぶ重要な役割を担っています。しかし、個々のシナプス小胞の動作原理に関しての詳細は多くがまだ明らかにされていないのが現状です。細胞分子シナプス機能ユニット(代表研究者: 高橋智幸博士)のローラン・ギョー博士は、シナプス小胞の動作原理について理解を深めようと、神経細胞における単一シナプス小胞の動態機能を解析する最新の手法を開発中です。
ギョー博士は、リアルタイム共焦点顕微画像法により彼の研究成果の詳細をまとめた動画を作成しました。この動画では、シナプス小胞内にpH に対して感受性を有する蛍光色素を取り込ませることにより、個々のシナプス小胞の動態を可視化し解析を行っています。時間的に連続したイメージ画像を撮影した後、蛍光色素のみのイメージ画像と細胞全体のイメージ画像を作成しました。左の図の輝点はシナプス小胞に対応しています。中央の図は細胞全体のイメージ画像です。右側の図は左と中央の図を重ね合わせたものです。画像を重ね合わせることで、神経細胞内における、シナプス小胞の分布の同定を容易にしてくれます。
この方法により、シナプス小胞の神経細胞における分布と移動を可視化できるばかりでなく、左の図のように蛍光強度をモニターすることでシナプス小胞の多様性も明らかになります。シナプス小胞内のpHが低く(酸性化)なるほど、蛍光強度が強くなります。ギョー博士はシナプス小胞内のpH変化をモニターすることにより、シナプス小胞の多様性の画像化にも成功しています。
シナプス小胞は、必要に応じて合成され、分泌され、再吸収されます。細胞は取り込んだり、吸収したい分子を周囲にある細胞膜で包み込んで小胞にし、細胞内側へと取り込みます。この過程のことを"エンドサイトーシス"と呼びます。
エンドサイトーシスを経た小胞は"初期エンドソーム"と呼ばれ、比較的低いpHとなっています(動画では青で表示)。小胞のpHがさらに低くなった状態(緑)を"終期エンドソーム"と言います。黄色は小胞のpHが最大限低くなった状態を示しており、このような小胞は"リソソーム"と呼ばれます。ギョー博士は蛍光強度を色の違いで表し、神経の画像と重ね合わせることで、小胞がどのステージにいるのか、また細胞内でどのように動いているのかを追跡することを可能としました。
ここで紹介した動画や技術はギョー博士が現在取り組んでいるプロジェクトの一つです。この研究では、神経細胞やシナプス内部を動く個々のシナプス小胞を追跡する方法を開発することを目的としています。この研究により、科学者たちは神経細胞間コミュニケーションにおけるシナプス小胞動態の役割を、より深く理解できるようになるでしょう。
玄関前に置かれたケーキが家の中へと運びこまれなければならないように、神経細胞間コミュニケーションを完全なものにするためには、神経細胞間でやり取りされる分子(神経伝達物質など)が神経細胞内から外へと放出され、あるいは細胞内へと取り込まれ、細胞内を正しく輸送される必要があります。よって、これら分子を効率的に細胞内へと輸送するメカニズムは、神経機能を適切に保つために必要不可欠です。もしこの輸送がどこかで滞れば、神経細胞間のコミュニケーション効率は下がるか、停止してしまうでしょう。だからこそ、小胞の動態をより詳しく理解することで、シナプス伝達機構という脳機能の根元的な部分に関する新しい知見を得ることができるのです。
(訳:高木 博博士、江口 工学博士)
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