ナメクジウオに学ぶ脊椎動物が特別な理由

OIST研究者らによる大規模な共同研究により、脊椎動物遺伝子制御の起源が明らかになりつつあります。

  ヒトの複雑さを説明するためには200万の遺伝子が必要であるとこれまで考えられてきました。しかし、ヒトゲノム解読の結果、ヒトの遺伝子はおよそ19,000から25,000に過ぎないことがわかりました。この数は一般的なセンチュウ(線虫)と変わりません。これまでの研究から、ヒトおよび他の脊椎動物が独自の特性を獲得したのは非常に多数の遺伝子数によるのではなく、遺伝子を制御する方法によることが示唆されています。

  2018年11月21に Nature に発表された新たな研究から、脊椎動物遺伝子制御の起源を垣間見ることができます。本研究は、脊索動物門に属し、頭部、眼、肢など脊椎動物の独自の特性を欠くものの、共通する体の基本構造を有するナメクジウオを対象としています。ナメクジウオが遺伝子活性をどのように制御しているかを知ることで、どの制御メカニズムが脊椎動物への進化の過程で獲得されたのか、またどのメカニズムがすでに存在していたかが明らかになりました。

  「脊椎動物、哺乳類、ヒトがなぜ特別なのかを本当に理解したいのであれば、この点に着目して進化の観点から比較を行う必要があります」と、本研究の筆頭共著者であり、ダニエル・ロクサー教授率いるOIST分子遺伝学ユニットのあるファディノン・マレルタス研究員は言います。英国オックスフォード大学でポストドク研究員としてこの研究を開始したマルレタス博士は、OISTに異動後も共同研究を続け論文を執筆しました。欧州の複数の研究所が協働したこの学際的研究成果は、J. L. ゴメス・スカメタ、N. マエソ、M. イリミアおよびH. エスクバによってとりまとめられました。

 

ナメクジウオは脊椎動物と同様の基本的な体の構造を持っていますが、いくつかの特性を欠いています。ナメクジウオを研究することで、脊椎動物で進化した遺伝的特性と祖先に存在していた遺伝的特性を知ることができます。
Vincent Moncorgé

全ゲノム重複が脊椎動物の進化の決め手に

  進化の系統樹でナメクジウオが出現した直後に、生物の全ゲノムの余剰コピーが生じたと科学者たちは推定しています。その証拠に、脊椎動物のゲノム全体が2回重複され、各遺伝子の余剰コピーが改変されたり失われたりしたことが報告されています。そして、この2回の全ゲノム重複が脊椎動物の変革、すなわち脊椎動物に独自の遺伝的特性の導入を引き起こしたと考えられています。「2ラウンドの全ゲノム重複が、例えば頭や肢などのいわゆる『脊椎動物の新奇性』の獲得を促進したと考えられます」と、マルレタスは述べています。

  新しい特性の獲得は、脊椎動物が特定の遺伝子をオン・オフできるようにする新しい種類の遺伝子制御に強く依存するものでした。しかし、ゲノム重複がこれらの新たに発見された制御機構と関係があると考えられたことはこれまでありませんでした。ナメクジウオをゼブラフィッシュなどの脊椎動物と比較することで、本論文の研究者たちはこの関連性を証明しました。

  ナメクジウオと脊椎動物を比較すると、ゲノムに含まれる遺伝子数はほぼ同じであるのにもかかわらず、ナメクジウオのゲノムでは調節領域がはるかに少ないことが明らかになりました。脊椎動物のゲノム重複により、その過程で遺伝子が失われ、残った遺伝子の間に隙間ができたことから、このような領域を追加できるスペースができたと考えられます。残りの遺伝子は時間経過と共に制御を受け、重複遺伝子の機能が多様化するにつれ異なる組織が進化し始めたのではないかと考えられます。 

 

これらの「レポーター」コンストラクトは、異なる制御要素がナメクジウオの胚の遺伝子発現をどのように促しているかを示しています。胚の核は青く染色され、発現制御を受けているタンパク質は緑の蛍光色で示されます。
H. Escriva and V. Laudet

     

  この研究の結果から、脊椎動物に独自のものと考えられていた制御メカニズムがナメクジウオに存在することも明らかになりました。脊椎動物のゲノムにはメチル基という化学構造が大量に見られ、これが遺伝子に付着して制御を行います。発生中に脊椎動物は多くのメチル基を失い、遺伝子制御が変化します。ナメクジウオのゲノムではメチル基による修飾はあまり見られませんが、遺伝子制御のひとつの形としてナメクジウオでもメチル基が失われるのではないかと本研究は示唆しています。

  これらの結果から、進化の過程で、脱メチル化はこれまで考えられていたよりも早期に生じたと考えられます。知見が増えれば、他の形の遺伝子制御がこれまで考えられていたよりも早期に、またはより後期に生じたとことが明らかになるかもしれません。

  「動物間で見られる遺伝子制御の主要な違いを理解するには、このような研究をさらに行う必要があります。今日でも、わかっていることは驚くほど少ないのです」と、マルレタスは言います。

  Natureに発表された本研究の手法を用いて、マレルタスは現在、OIST分子遺伝学ユニットでイカの研究を行っています。イカは眼や大きな脳など、脊椎動物と共通する複雑な特性を多く持ちながら、異なる進化過程を歩んでいます。ナメクジウオに用いたものと同等の方法によりイカを研究することで、遺伝子制御に対する理解がさらに進むはずです。

 

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