宿主集団の不均一性は、より致死率の高い病原体の進化を促す
【共同プレスリリース】
【研究概要】
自然界の環境は不均一で、異なる局所環境をもつ地域集団が地続きとなって存在しています。ですが、これまでの病原体の進化理論では環境の不均一性はほとんど考慮されてきませんでした。本研究では、不均一な局所条件を持つ地域集団が個体の移動によって結びついたメタ個体群モデルにおいて、局所環境の不均一性が病原体の毒性進化に与える影響を解析しました。その結果、宿主の移動率・繁殖率・環境収容力・免疫喪失率という4つの局所条件が地域集団の間で異なる場合には、進化する病原体の毒性が均一な集団よりも常に高くなり、不均一性の度合いが高いほど進化する毒性も高くなるという、きわめて一般性の高い結果を明らかにしました。本研究の結果は、これまでの均一環境を仮定した病原体の進化理論では進化する毒性を過小評価していたことを示唆し、大都市への人口集中などによって不均一性が増大していく現代において、より致死率の高い病原体が進化しうるという新たなリスクを提示します。
【研究の成果】
病原体の進化は、疫学、人口学、進化生態学などの幅広い科学分野で注目されてきました。特に、2019年から広がっているSARS-CoV2のような急速に進化する病原体に対処するためには、病原体の進化を理解することが重要です。病原体の毒性(病害性、致死性)の進化は多くの関心を集め、理論的および実証的な研究が多数行われてきました。古典的な進化理論においては、病原体の毒性は、病原体の基本再生産数(ある感染者1個体から生じる二次感染者数の期待値)を最大化するように進化するという重要な結果があります。この古典的な理論は、病原体の毒性が他の疫学的パラメータ(例えば、感染率や回復率)とのトレードオフの下でどのように適応するかを理解するのに役立ちます。この有名な理論は、さまざまな生態学的および疫学的要因をカバーするように拡張されてきました。
しかし、これまでの多くの理論的研究は均一な宿主集団を前提としており、多様で不均一な集団での病原体の進化についての理解は不足していました。生態学で発展したメタ個体群理論によれば、多くの生態系は相互に接続された、異なる局所環境を持つ地域集団の集まりとして解釈できます(図1)。地域集団を結びつける個体の移動にも不均一性があり、地域集団間の移動の不均衡はソース・シンク構造を生み出します。これらの地域集団の間の局所環境の異質性が病原体の進化に与える影響を理解するために、私たちは異なる局所環境を持つ地域集団が、不均一な移動分散によって結びついたメタ個体群モデルを構築し、病原体の病原性と感染性について進化動態を解析しました。
【研究の内容】
まず私たちは、局所環境にばらつきがあるメタ個体群における病原体の毒性進化について進化シミュレーションを行いました。その結果、宿主の移動率・繁殖率・環境収容力・免疫喪失率が地域集団の間で異なっている場合には進化する毒性が均一な集団に比べて、常に上昇するという非常に強い結果を得ました。つまり集団の不均一性が、より重篤な症状を引き起こす病原体を進化させるのです(図2)。私たちの進化シミュレーションで導入している不均一性は、変動係数で約10%という小さな度合いの不均一性ですが、それでも病原体の進化する毒性は均一な集団に比べて平均して20%ほど上昇し、40%も上昇する場合もありました。
なぜ上記の不均一性は病原体の毒性を上昇させるのでしょうか?私たちは、従来の進化動態解析に加えて、摂動展開の方法を用いることでその理由を明らかにしました。解析の結果、これらの不均一性が地域集団内の未感染状態の宿主、つまり病原体にとっての「エサ」のばらつきを生み、そのばらつきが、高い毒性を持つ病原体の進化を促すということが分かりました。例えば、高い環境収容力をもつ豊かな地域集団では、宿主の密度は高く、多くの未感染宿主が存在します。このとき、病原体にとっては「エサ」が豊富なため、重篤な症状を引き起こし高い感染力を持つため宿主をすぐに食い尽くしてしまう「浪費型」の病原体が有利になります。反対に、環境収容力が低い地域集団では、宿主の密度が低く病原体の「エサ」である未感染宿主も少ないため、「浪費型」の病原体ではやっていけず、感染力が低く症状も軽い代わりに宿主を長い間利用し続ける「節約型」の病原体が有利になります。このように、未感染宿主の密度の違いによって地域集団で働く進化の方向性に違いが生じるのですが、それと同時に地域集団の進化的な貢献度にも違いが生じます。病原体にとって未感染の宿主は次のエサであると同時に、文字通り次世代の「住処」でもあるため、病原体にとって、未感染の宿主が多く存在する地域集団ほどメタ個体群全体における進化への貢献度が高くなります。したがって、高い毒性が進化する地域集団ほど進化的な貢献度が高く、反対に、低い毒性が進化する地域集団ほど進化的な貢献度が低くなるため、メタ個体群全体として合算すると常に高い毒性が進化することになります(図3)。
【今後の展望】
この研究では不均一なメタ個体群における病原体の進化についての一般的な理論を構築することができました。この研究を、不均一な局所環境を取り扱うモデルの第一歩として、これまで古典的な理論で均一環境について行われてきたような、例えば、より明示的な空間構造を持つモデルや、人獣共通感染症やベクター媒介感染症などの異なる感染様式への適用など、数多くの拡張が可能だと考えています。
【研究サポート】
本研究は基盤研究B 『進化疫学の新概念「メタR0」を用いた病原体の免疫逃避プロセスの研究』(23H02527)の支援の下で実施されました。
論文情報
研究ユニット
広報・取材に関するお問い合わせ
報道関係者専用問い合わせフォーム