体内の遺伝子発現を低分子化合物で制御する技術を開発

この新技術は、バイオ医薬品、遺伝子治療、細胞治療、再生医療などへの応用が期待されています。

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概要

沖縄科学技術大学院大学(OIST)は、アステラス製薬株式会社(アステラス製薬)​​​​​​との共同研究で、細胞や生体内のRNAの機能を、低分子化合物で制御することを可能にする新しい技術を開発しました。

この研究成果は、動物細胞を用いたバイオ医薬品生産の効率化や、より安全な遺伝子治療・細胞治療・再生医療につながることが期待されます。

本研究成果は、2023年3月30日(木)午後1時(日本時間)に米国化学会誌(Journal of the American Chemical Society)に掲載されました。 

研究の背景と経緯 

DNAに記録された遺伝子は、まずRNAに変換されて、さらにタンパク質へと翻訳されます。培養細胞や体内に外部から新しい遺伝子(DNAやRNA)を導入することにより、抗体医薬などのタンパク質生産や、様々な疾患を治療できる遺伝子治療や細胞治療が可能になります。しかし、遺伝子からタンパク質が作られるタイミングや量を適切に制御できないと、生産効率の低下や治療の副作用につながります。

遺伝子発現(DNAやRNAからタンパク質が作られる過程)を、「薬」で制御できれば、様々な効果が期待できますが、現在、哺乳類細胞や動物・ヒトで安定して利用できる技術は非常に限られています。

研究内容 

今回研究チームは、アステラス製薬が開発した、細胞に取り込まれやすく、毒性が低い低分子化合物(「薬」)「ASP2905」および「ASP7967」と特異的に結合する短いRNA配列(アプタマー)「AC17-4」を開発しました。ASP2905は神経疾患治療を目指して開発されたもので、第I相臨床試験が行われた医薬品候補化合物です。

このアプタマー配列を、緑色蛍光タンパク質遺伝子を含むメッセンジャーRNA(mRNA)に組み込むことにより、ヒト由来培養細胞に化合物を加えると、タンパク質発現量が約10倍から300倍増加することを確認しました。

Molecular structure of compounds and nucleotide sequence of the newly developed RNA aptamer
化合物ASP2905とASP7967の分子構造と、今回開発したRNAアプタマー(AC17-4)の塩基配列
化合物ASP2905とASP7967の分子構造と、今回開発したRNAアプタマー(AC17-4)の塩基配列

次に遺伝子治療への応用を想定して、リボスイッチをアデノ随伴ウイルスに組込み、これを遺伝子運搬のベクターとして、エリスロポエチン(hEPO)の発現を制御できるようにしました。hEPOは造血因子の一種で、慢性腎臓疾患にともなう貧血治療に使われます。このベクターをマウスに注射し、化合物ASP7967を経口投与したところ、血中のhEPO濃度が対照マウスと比較して最大7.2倍増加することが観察されました。研究を率いたOIST核酸化学・工学ユニットの横林洋平教授は、「このようなmRNAに化合物が作用してタンパク質発現量を制御する技術は『リボスイッチ』として知られていますが、哺乳類細胞内でこれほどの増加倍率を示すものはほとんどありません。また、細胞に取り込まれやすい化合物を使ったため、10 µM以下という、これまでに知られているリボスイッチと比べて、10分の1以下の濃度で機能することがわかりました」と話します。

研究成果のインパクト・今後の展開 

これまでに開発された哺乳類細胞や動物で機能するリボスイッチは、ごく限られた化合物とそのアプタマーを用いたもので、いずれも高い濃度で投与する必要があり、細胞透過性が低かったり毒性があることが実用化への大きな課題でした。しかし、アプタマーは細胞の中でなく試験管の中で作られるため、細胞内の複雑な環境で機能する低分子化合物とアプタマーの開発は困難であり、目立った進展はありませんでした。

今回は、リボスイッチをバイオ医薬品生産、遺伝子治療、細胞治療、再生医療などへ応用することを念頭に、複数の低分子化合物の選定を行い、それらに細胞内で結合するアプタマーを開発することを目指しました。その結果得られた化合物とアプタマーの組み合わせの一つが今回の研究成果です。

今後の研究について、横林教授は次のように説明します。「今回開発されたリボスイッチはバイオ医薬品生産や動物実験などの非臨床応用については十分実用的であると考えられますが、遺伝子治療などの臨床応用にはさらなる改良が必要です。今後は今回のリボスイッチの改良とともに、並行して開発中の他の化合物・アプタマーの研究にも力を入れ、臨床応用可能な技術の開発を目指します。また、植物や昆虫といった他の生物へリボスイッチの応用も検討しています。」

これらの目標に向けて研究チームは新たな共同研究パートナーを探索中です。

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