予想外の量子状態がシミュレーションによって明らかに
日常生活における物質の動きは予測・予想ができるものです。ボールを投げると、特定の方向へ移動し、予測可能な反跳を示すと推測できます。さらに、ある物体にかかる力は、離れて独立した別の物体に影響を与えることはありません。
しかし、極めて小さな物体の物理学である、量子力学の法則は、これとは全く異なります。1、2および3粒子系では、1ヵ所で生ずる作用が遠く離れた原子に大きな影響を与えうるのです。このことについて科学的な理解は未だ完全には進んでいませんが、これらの粒子系やより複雑な粒子系の挙動を解析することによって、知見が得られるものと研究者らは期待しています。
沖縄科学技術大学院大学(OIST)の量子システム研究ユニットの研究員らは、アイルランド国立大学ダブリン校およびダラム大学と協力してこのような粒子系の1つについてシミュレーションを行い、孤立系における粒子の驚くべき状態を明らかにしました。本研究結果は、New Journal of Physics誌に掲載され、量子技術への応用も可能であると考えられます。
同研究ユニットを率いるトーマス・ブッシュ教授の説明によれば、「ボートから石を投げると、投げられた石は一方向へ向かい、ボートは石と反対方向に移動します。量子力学では、それよりもはるかに離れた距離ではるかに強い相関関係が認められます。例えるなら、今ここであなたが片足に赤色の靴下、もう片方の足に緑色の靴下を履くと、南極にいる会ったこともない人が同じことをしなければならないようなものです。そのような極めて強い相関関係を有する新たな状態を私たちは発見しました。しかも、それらを精巧に制御することができるのです。」
2原子での実験
巨視系の研究を行う場合、研究者は1023など多くの粒子を調べる傾向にあります。しかし粒子数があまりに多いがために、一つ一つの原子すべてを追うことができず、推定しなければならなくなるのです。この状況を避けるため、今回の、研究者たちは別の方法を選択しました。
ブッシュ教授のユニットの博士課程の学生で、論文筆頭著者である臼井彩香さんは、「わずか2個の原子しか持たない系でシミュレーションを行いました。これによって、より大きな系の構成要素が得られるだけでなく、すべてをうまく制御しながら、起こっていることを正確に把握することができました。また、この系をさらに踏み込んで制御するために、私たちは極低温原子の検討を行いました」と語ります。
粒子は室温で非常に速く動き回ります。室温が上がれば、粒子の動きも速くなります。レーザー冷却を用いることによって、このような原子の動きをほぼ零速度にまで下げ、極低温にまで冷却することができます。こうすることによって、臼井さんら研究チームのシミュレーションの説明がはるかに容易にできることになりました。
このような系の中にある粒子ができる最も単純なことは、互いにぶつかり合うことです。その力によって粒子は動き回り、方向を変えますが、粒子にはスピンと呼ばれる動きもあります。1粒子のスピンは粒子の動きを際立たせるか、低下させるかのいずれかであり、粒子の動きにさらに影響を及ぼします。これはスピン軌道結合と呼ばれる効果です。スピン軌道結合した極低温原子2個の系でシミュレーションすると、このような新しい状態が非常に強い相関関係とともに明らかになりました。
「こうした状態が得られる2粒子の系と、得られない1023があります。粒子が数を増やしていく長い連鎖のどこかで、この新しい状態がどこかに行ってしまうのです。」研究チームのトーマス・フォーガディ博士は説明します。
さらなる洞察の構築
「この新しい状態とともに、この系を正確に表す公式を私たちは発見しました。これにより今や、この系の設計が可能なのです。」と臼井さんは言います。
チームはそのような公式を見つけることによって、この量子系を制御し、系の力学を調べるためのパラメータを変えることを現在計画しています。
「私たちはこの系を分け、2つの系にしようと考えています。」と臼井さんは続けます。「強い相関関係を用いれば、系の測定に役立ちます。片方の系に原子1個が見つかった場合、強い相関関係にありますから、測定しなくても、もう1つの原子もその系にあることがわかります。」
今回の研究は量子力学ができる小さな一側面にのみ集中していますが、多くのことに応用できるとブッシュ教授は言います。
「量子技術にはこのような相関関係が必要です。今回発見された新しい状態では、私たちが知っている非従来型の最も強い相関関係が認められ、その設計が可能なのです。今回の研究によって、より強力な量子コンピュータを構築することができるでしょう。ごくわずかな重力の差や脳内の電気パルスを測る測定機器を製作することも可能になるでしょう。将来的な研究への応用は多岐にわたります。」
今回の研究には、臼井彩香さん、フォガティ―博士およびブッシュ教授の他に、アイルランド国立大学ダブリン校のスティーブ・キャンベル博士およびダラム大学のサイモン・ガーディナー教授も参加しました。
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