サイエンスとビジネス:イノベーションを事業に変えて
2018年3月2日、沖縄科学技術大学院大学(OIST)で開催された「沖縄イノベーション&アントレプレナーシップ・サミット2018」では、起業に焦点を当て、科学とビジネスの将来について議論するため、5カ国から23名の講演者をお招きしました。学術界と産業界の両方から集まった講演者たちは、新たな科学的成果と市場での実践的な応用を結びつけるそれぞれの経験について共有し、意見を交わしました。
冒頭でまずOIST技術開発イノベーション・センターのロバート・バックマン首席副学長より、今後OISTで展開される科学者向けの様々な技術支援プログラムの説明が行われました。イノベーションを求める市場に、科学者がアイデアを持ち込むのを研究機関がいかにして後押しできるか、シーズ期のスタートアップ事業とOIST研究者たちをつなげるインキュベーター施設、さらには、将来沖縄に研究開発型ベンチャー企業を立ち上げるための、資金、場所、設備を含むサポート提供を、国際公募で選ばれた意欲ある起業家に提供する、沖縄初の国際的なスタートアップを促進させるという構想です。
この構想は、ケンブリッジ大学ではすでに実績を上げているアプローチです。ケンブリッジから起業した会社の中には、AppleのSiriやAmazonのAlexaなど、情報端末を支えるテクノロジーから、今日の最新医療アプリケーションの中核であるゲノム解析にいたる、巨大ブランド名となっているものもあります。ケンブリッジ・エンタープライズのCEO、トニー・レーバン博士は、「より良いろうそくを研究しているだけでは、電球は発明できないでしょう!」とコメントしながら、慣れ親しんだゾーンから抜け出して成功を求める研究機関を奨励しています。
次の講演者は、スタートアップ・チリの元専務取締役のホレイシオ・メロ氏で、スタートアッププログラムが、どのように孤立したチリの地理的問題を乗り越え、世界中の起業家のために魅力的なビジネス・エコシステムを作り出せたかを発表しました。 積極的に大学や企業と連携を取りながら、政府が援助するファンドからパイロット・スキームに資金提供してきたスタートアップ・チリは、141カ国以上からの起業を目指す個人を支援し、三人に一人の割合で、さらなる資金を民間投資から継続確保に成功したスタートアップへと繋げました。 スタートアップ・チリはその後、50もの国々が見習うようになったモデルとなり、新鮮なビジネスアイデアのインキュベーターとしてチリの地位を確立しました。
日本国内に目を向けると、ヤマガタデザイン創業者の山中大介氏が、不動産開発者として日本のショッピングモールの設計から、山形県庄内市の産業再生に向けて大胆に舵を切った事例が挙げられます。山中氏のやりかたは、繁栄をもたらすリソースを創ろうと、科学に焦点を当てた複数の企業のサイエンスパークを拡大させるという方法でした。ホテルや地産地消のレストラン、子供たちの遊び場や温泉のようなコミュニティーの場と、サイエンス施設を統合させることで、地元の人々が入り口から科学の世界に引き込まれ、一方で科学が地域社会に還元するための門戸を開いたのです。「私たちは人々の思考をパラダイムシフトさせる必要があります。これこそが利益共有型の資本主義の姿なのです」と、山中氏は語りました。
2番目のセッションでは、 地方がイノベーション・エコシステムをどのように促進するかについてのパネルディスカッションが行われました。モデレーターは、 「Disrupting Japan」 のポッドキャストを主宰するティム・ロメロ氏が務めました。パネルには、前セッションにおける3名の講演者に加えて 、Sekai Creator 創設者のスティーブ・坂梨氏、台北駐日経済文化代表処のルシェン・ホン氏、沖縄県産業振興公社の下地明和氏が新たに参加しました。
各講演者は、起業活動促進のための自身の経験について簡単に述べました。坂梨氏は、スポーツコーチングに基づいたシステムを創設し、シアトルと東京で才能のあるスポーツ選手を育成しています。 ホン博士は、研究開発の発展を目的とした台湾政府と日本政府との相互支援計画についての概略を説明しました。 下地氏は、地元の補助金や施設の提供を通じたバイオテクノロジー産業育成について詳しく説明しました。
パネルディスカッションは、学術界と民間との間の障壁をどのように越えることができるかという質問に対する議論で締めくくられました。 トニー・レーバン氏は、「顧客の立場に身を置き、顧客の視点を理解しなければなりません」と、述べました。科学者がビジネスの成功を、個人的なゴールに結びつけることができるようになれば、次の大きなスタートアップにつながる道が拓かれることでしょう。
午後の2つのセッションでは、まず研究成果の商業化に向けた取り組みについて、5名の研究者が、好奇心に突き動かされた各々の研究が社会に与えうるインパクトについて発表しました。そして最後のセッションでは、実際に起業やスタートアップにこぎつけた7名が次々と登壇し、持ち時間15分の中でそれぞれの経験を語りました。ウォンテッドリー株式会社(日本)、Umbo Computer Vision社(台湾・米国)、株式会社ナノルクス(日本)の代表者からは実体験に裏づけされた話と、起業を目指す人たちに対して有益なアドバイスがありました。さらに、500 Startups Japan(東京)、バイオ・サイト・キャピタル株式会社(大阪・沖縄)、Taiwan Startup Stadium、Sultan Ventures (米国ハワイ州)といったベンチャーキャピタルを代表する方々より、起業・ベンチャー向け財政支援に関する世界の状況についての発表がありました。
本会は、バックマン首席副学長の閉会の挨拶後、実践につながる情報の突き合わせをする、参加者主導のネットワーキング・セッションの機会が設けられました。世の中の耳目を集めるような事業化の大きなアイデアが、次はOISTから生まれるかもしれません。