待ち受ける新たな関係:サンゴと褐虫藻の共生メカニズムに迫る
長い期間にわたってサンゴが自力で生存することはとても難しく、生存維持のため褐虫藻と共生関係を結ぶ必要があります。褐虫藻はサンゴが必要とする栄養の約90%を供給しているため、褐虫藻との共生を維持することはサンゴの健全な状態を保つためには欠かせません。褐虫藻がいなくなると、ほとんどの場合サンゴ自体も死滅してしまうからです。サンゴと褐虫藻、そしてその生態系に棲む生き物を保全するためには、サンゴと褐虫藻の共生関係がどのように始まるのかを理解する必要があります。沖縄科学技術大学院大学(OIST)の佐藤矩行教授と新里宙也博士は、ジェームズクック大学(オーストラリア)のAmin Mohamed博士課程学生とDavid Miller教授と共同で、サンゴが褐虫藻と最初に接触した際にサンゴの遺伝子発現に変化が見られることを発見しました。この研究成果はMolecular Ecology誌に掲載されました。
ミドリイシサンゴが褐虫藻と共生していないのは、幼生期だけです。自然界では、サンゴは褐虫藻と接触すると、それらを細胞内に取り込み、そこから生涯を共にします。
「サンゴの幼生が共生を始めたときに起きる遺伝子発現の変化について調べたかったのです」と、論文の共著者でOISTマリンゲノミックスユニットのグループリーダーを務める新里博士は言います。
これまでは褐虫藻がサンゴの体内に取り込まれる際に、遺伝子発現はわずかにしか変化しないと考えられていました。しかし、褐虫藻がサンゴに取り込まれた後、最先端技術を駆使した遺伝子分析を複数の異なる時点でおこなった結果、共生開始時に遺伝子発現の変化が認められ、さらにそれが生じるタイミングはサンゴが褐虫藻と最初に接触してから4時間後の時点に限られていることが分かりました。過去の研究では、分析を開始する時間が最初の接触から12~48時間後だったため、今回特定することができた時間枠における遺伝子発現は見過ごされていました。
「今回の研究では、サンゴの共生のごく初期段階の解析に成功しました」と新里博士は述べ、「ミトコンドリア代謝とタンパク質の合成に関わる遺伝子が抑制されていることが分かりました。つまりこれは、短時間のあいだ代謝機能が停止することを意味します」と分析結果について詳しく語っています。
この結果から分かるのは、サンゴは受動的に褐虫藻を受け入れるのではなく、褐虫藻と相互作用しながら共生関係に適応していかなくてはならないということです。
新里博士は「サンゴは細胞の状態を変化させながら共生関係に適応していくのです。相手を迎え入れるための準備が整うと共生関係が始まります」と説明します。
さらに研究チームは、褐虫藻を囲んでいるシンビオソームという膜が宿主であるサンゴのファゴソーム(病原性細菌を取り込んで殺す細胞内の膜構造)から派生してできていることを裏付ける証拠を発見しました。これは、ファゴソームが病原細菌を取り込んで分解する機能に影響を及ぼします。
「通常はファゴソームが病原細菌を殺しますが、このような共生関係においては、ファゴソームの機能が正常に働きません」と新里博士は指摘します。
今回の研究成果は、共生プロセスおよびサンゴと褐虫藻との継続的な共生関係の解明に向けた手がかりとなることが期待されます。これは特にサンゴの保全に欠かせない重要な情報となります。気候変動に伴い海水温度が1、2度上昇するだけで共生関係は崩壊し、サンゴにとって最大の栄養供給源である褐虫藻が体内から抜け出てしまいます。これをサンゴの白化現象といい、サンゴ礁生態系にとっての最大の脅威となります。サンゴと褐虫藻との共生関係の解明がサンゴの白化現象を防ぐ重要な鍵を握ります。
「地球上の海洋生物のおよそ25%がサンゴ礁の中に棲息しています」と新里博士は言います。「サンゴ礁がなくなれば、そこに棲息する生物もいなくなってしまいます。豊かな生態系の土台となるサンゴと褐虫藻の共生関係を理解することが重要なのはこのためです。サンゴの白化現象を食い止めるにはサンゴの共生メカニズムを明らかにする必要があるのです」。
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