コウイカの擬態は想像以上に複雑なメカニズムで成り立っていることが判明

高解像度で撮影した動画と人工知能を組み合わせた研究により、コウイカの擬態は見た目以上に複雑な過程を経て行われていると明らかになりました。

Cuttlefish in tank

コウイカは、タコやツツイカなど他の頭足類と同様に、体色模様や皮膚の質感を変えて周囲の環境に溶け込むことができる擬態の名人です。 

沖縄科学技術大学院大学(OIST)とドイツのマックス・プランク脳科学研究所の共同研究グループは、体色模様を変化させるコウイカの擬態が、これまで考えられていたよりもはるかに複雑なプロセスで行われていることを発見し、6月28日(日本時間29日)発行の科学誌Natureに研究論文を発表しました。 

コウイカは、皮膚に「色素胞」という小さな色素細胞を数百万個持ち、それらを緻密に制御することで鮮やかな体色模様を作り出しています。ひとつひとつの色素胞の周りには筋肉があり、脳の神経細胞からの信号によりそれらの筋肉が収縮・弛緩します。色素胞は、筋肉が収縮すると拡大し、弛緩すると隠れます。こうした動作を組み合わせることで、色素胞がスクリーンの画素のような働きをし、全身の体色模様をつくり出しています。 

OISTの計算行動神経科学ユニットを率いるサム・ライター准教授は、「これまでの研究では、コウイカの体色模様を描く要素は限られており、その中から周囲の環境に最も合うものを選んで体色模様を作っていると考えられていました。しかし今回の研究により、コウイカの擬態行動は想像以上に複雑で柔軟性があり、これまでの研究アプローチが十分に精密かつ定量的ではなかったために確認することが単に困難なだけだったということが分かったのです」と述べています。 

Cuttlefish camouflage against two different backgrounds
コウイカの擬態に使われる様々な体色模様。 

今回の発見は、「モンゴウイカ」として知られるヨーロッパコウイカ(Sepia officinalis)の皮膚を超高解像度カメラで捉えて詳細に観察したことによるものです。研究グループは、モンゴウイカがさまざまな背景に反応して体色模様を変化させている最中に、数万・数十万個の色素胞が弛緩・収縮している様子をリアルタイムでとらえることに成功しました。 

撮影された約20万枚の画像データをOISTのスーパーコンピュータで処理し、「ニューラルネットワーク」と呼ばれる人工知能を使って分析を行いました。ニューラルネットワークは、模様の緻密さ、明るさ、構造、形状、コントラストに加え、複雑な特徴など、さまざまな要素を総合的に捉えます。そして、それぞれの模様を「体色模様空間」と名付けた高次元空間に投射し、多様な体色模様の全体像を記述ました。 

A 2D representation of how cuttlefish camouflage patterns are grouped together according to their similarity. It looks like spilled black powder, with each pattern represented by a single black dot.
黒い点は、それぞれのコウイカが作り出す体色模様を示している。色相環で様々な色を見分けられるように、コウイカの体色模様も「体色模様空間」上のどの位置にあてはまるのかで見分けることができる。ここでは2次元で表示しているが、実際の体色模様空間は多数の複雑な要素を表す多次元空間から成る。

同様に、コウイカが見ている周りの背景画像も分析し、体色模様が周囲にどれほど溶け込んでいるかを調べました。 

これらの結果をまとめると、コウイカは繊細かつ柔軟に体色を制御し、自然の背景にも人工的な背景にも溶け込むように体色模様を高度に変化させていることが明らかになりました。同じコウイカに同じ背景を数回見せると、人間の目には見分けがつかないほど微妙に擬態模様が異なっていることもわかりました。 

また、コウイカは、すぐに望んだ色に変化できるのではなく、微調整するように幾度も体色模様を変化させるたり間を置いたりするプロセスを経て、満足のいく体色模様を選んでいることが分かりました。このプロセスは,たとえ同じ背景を見せた二つの試行の間でも決して同じではなく、コウイカの行動の複雑さを浮き彫りにしています。 

コウイカは目標の体色模様を通り越し、一時停止したあとでやっと狙った模様に到達することがしばしばあります。 本研究の共同筆頭著者であり、マックス・プランク脳研究所の大学院生であるTheodosia Woo氏は次のように述べています。 「すなわち、コウイカは単に背景を読み取って即座に体色模様変化させているのではなく、継続的にフィードバックを受け取りながら最も背景にうまく擬態できる模様に微調整しているようです。しかし、具体的にどのようにしてそのフィードバックを受け取っているのか、例えば目を使って認識しているのか、もしくは各色素胞にある筋肉の収縮度合いを感じ取っているのかは、まだ明らかになっていません。」 

研究グループは、コウイカが危険を感じたときに全体が白くなる「ブランチング」という反応についても調査しました。擬態の体色模様とは異なり、ブランチングでは瞬発的かつ直接的に白い色に変化するため、擬態とは別の制御システムが働いていることを示唆しています。 

このブランチング現象を高解像度で撮影したところ、ブランチングする直前に描いていた擬態模様が一部残った状態のまま、その上にブランチングの色が重なるように体色を変化させていました。その後も観察を続けてみると、コウイカはゆっくりとブランチングする直前の体色模様に戻っていることも観察され、このことから何らかの仕組みでブランチング前の体色を保存してることが示唆されます。 

マックス・プランク脳研究所の元博士研究員Xitong Liang氏は、「ブランチングは、脳からの擬態信号を一時的に上書きするようなもので、擬態するときとは別の神経回路で制御されている可能性があります。今後は、コウイカの脳から神経活動を捉えて、体色模様形成能力をどのように制御しているかをより正確に解明していきます」と意気込みを語ります。 

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