夜行性の魚の眼の知られざる特性
サンゴ礁では24時間、様々な生物による活動が続いています。 日中活発な魚たちは、夕暮れ時になると姿を隠し、一方で、夜間に活動する魚たちは、餌を探し回ったり、捕食活動に勤しみます。夜行性の魚は、それぞれの特徴を保ちつつ、暗闇の中での生活を営んでいます。では魚にとって暗い環境は、物の見え方にどのように影響するのでしょうか?
この疑問について、沖縄科学技術大学院大学 (OIST) のエヴァン・エコノモ准教授とテレサ・イグレシアス博士を含む国際的な研究チームが調査を開始しました。 夜行性の魚の脳が、生息環境である低照度条件にどのように適応するかを調べたのです。 そしてこの度、その研究成果を、Journal of Evolutionary Biology 誌に発表しました。
眼の網膜の表面には、2種類の特殊な神経細胞があります。ひとつは錐体(すいたい)で、もうひとつは桿体(かんたい)と呼ばれる、光を感知する光受容細胞です。 錐体は明るい光の中で活性化されますが、桿体は薄暗い場所でより機能します。 これらの神経細胞によって捉えられた視覚情報は、視神経を通じて脳の視覚処理を行う中枢部分に伝え、統合処理されます。 ほとんどの脊椎動物では、「視蓋(しがい)」と呼ばれる脳内の領域が視覚情報を処理しています。とは言うものの、「低照度の環境における視力を最大限活かすためにどのような変化が起きているかは明らかになっていません。」と、エコノモ准教授は説明しています。
研究チームはこの答えを見出だすため、昼行性の魚と夜行性の魚の脳内の視蓋の大きさを比較しました。 米国ハワイ州とノースカロライナ州周辺のサンゴ礁にて捕獲した66種に及ぶ100匹以上の魚のうち、44種は昼間に活発であり、16種は夜間活発な種で、様々な捕食習慣を持っていました。例えば、他の魚を捕食する種もあれば、微小なプランクトンを食す種、海底にある食べ残しや死骸を食べる種もありました。 チームは魚を捕獲した後、写真撮影をし、頭部をホルマリン液で保存しました。その後研究室にて、それぞれの魚の眼と水晶体のサイズを測定し、マイクロCTスキャナーで保存された脳をスキャンしました。
明るい環境では、色や模様、質感などの視覚情報が豊富であり、これらの情報を処理するには、暗い環境における情報を処理するよりも、より複雑なプロセスを必要とします。例えば、写真撮影を例にとってみましょう。最新型のカメラは、人や物の色や細かい部分まで仔細にわたり捉えることができます。一方、家族の古いアルバムの白黒写真では、そこまで多くの詳細情報は示されません。脳にある視蓋は、色や模様、明るさを処理することもできるのです。
サンゴ礁によく生息居住している夜行性の魚であるイットウダイ(学術名:Holocentrus rufus)は、昼間に活発な同サイズの魚に比べ、約3倍の大きさの眼を持っています。他の夜行性の魚にも、このように眼が大きめな傾向があります。さらに、夜行性の魚の視蓋は、暗闇に適応できるよう拡大したり、低照度の環境で情報量が少ないときには、視蓋を収縮したりすることができるはずです。当初、研究者らは、夜行性の魚の網膜は、昼間に活発な魚に比べ、より多くの桿体細胞および錐体細胞が備わっているはずで、より大きなサイズの視蓋が必要に違いないと推測していました。
しかし驚いたことに、イットウダイや他の夜行性の魚の視蓋は、昼間に活動して他の生物を捕食する魚に比べ、小さいことがわかりました。これは、夜行性の魚の脳が、夜間にあまり役に立たない能力を放棄してしまった可能性を示唆しています。光が少ない環境下では色は識別できないので、これら夜行性の魚は、色を感知する能力をあまり持たず、視野の深さも限定的なのですが、その代わり、動きを検知する事が得意なのです。
本研究では、カモフラージュを可能にする行動特性が、視蓋の大きさに影響している魚もいることがわかりました。サンプリングを行った66種の魚のうち、モンダルマガレイ(学術名:Bothus mancus)は、最も大きな視蓋を持っていました。モンダルマガレイはサンゴ礁の砂地に生息し、昼間も活発に動きますが、捕食する時間帯は夜を好みます。カメレオンのようにカモフラージュの達人であり、周囲を模倣して環境に溶け込むことができます。研究者らによると、この特性は、モンダルマガレイがなぜ、ここまで発達した視蓋を持っているかの説明になるかもしれない、とのことです。「モンダルマガレイの視覚中枢は、正しくカモフラージュすると共に、明るい場所でも暗い場所でも捕食者の動きを感知するのに重要な器官でもあります」と、イグレシアス博士はコメントしています。
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