沖縄の「シークヮーサー」、出自の謎が明らかに
本研究のポイント
- マンダリン類に属する柑橘類は、農産品として経済的に重要な価値を持っているが、種の多様化の過程については謎であった。
- 研究チームは、東アジアの品種のゲノムを解析し、これまで多様性の中心として知られていた中国南部の山岳地帯に加えて、琉球列島にも豊かな多様性の中心があることを発見した。
- 沖縄の在来種が、約200万年前に琉球列島がアジア大陸から切り離された際に誕生した新種であることを発見した。
- 沖縄のシークヮーサーや本州のタチバナなどの柑橘類は、今回新種であることを発見した野生種とアジア大陸の異なる品種との交配種である。
- 本研究成果は、望ましい特性をもつ交配種の開発につながる可能性があり、商業的にも意義が大きい。
プレスリリース
マンダリン類に属する柑橘類は、美味しく健康にも良いという特性から、世界中で食されています。日本では、小さなシークヮーサーや観賞用のタチバナは、食用としてだけでなく、文化的・歴史的にも重要な意味を持っています。しかし、これら2つの品種をはじめとする東アジアの柑橘類の起源については、これまで謎に包まれていました。
この度、沖縄科学技術大学院大学(OIST)などの共同研究チームは、東アジアの69種類のミカン科の品種とアジア大陸の品種のゲノムを解析し、種分化や地理的分散、さらに交配など広範囲に及ぶ背景を明らかにし、研究内容がNature Communications誌に掲載されました。
物語の起源は、中国南部の湖南省にあります。湖南省は、野生マンダリン類の多様性の中心地であり、多くの最もよく知られているマンダリン類の遺伝子の起源でもあります。研究チームが、これまでに発表されたゲノムデータを再解析したところ、湖南省の山岳地帯の野生マンダリン類が2つの亜種に分化しているという意外な事実が判明しました。
共同研究者で、カリフォルニア州にあるローレンス・バークレー国立研究所のGuohong Albert Wu博士は、次のように述べています。「私たちは、これらマンダリン類の亜種のうち1つが、母親と遺伝的に同一の子孫を作ることができることを発見しました。通常、野生の柑橘類は、他の多くの植物と同様に、父親の花粉と母親の卵が結合し、双方の遺伝子が種子に混ざることで繁殖しますが、私たちが中国南部の湖南省蒙山で発見したマンダリン類亜種の1つは、種子に父親からの情報を一切持たず、母親のDNAと同じコピーが含まれています。つまり、母樹のクローンとして成長するのです。」
そんな中、研究チームは沖縄で、シークヮーサーに似た謎の柑橘類で、これまで遺伝学的に詳しく調べられていなかった品種に注目しました。実が小さくて酸味があるため、地元の農家にとっては、商品価値が低く、あまりかえりみられない品種でした。しかし驚くべきことに、研究チームは、この謎の柑橘類が未記載の琉球マンダリン(正式名称タニブターCitrus ryukyuensis)であることを発見しました。同新種は、湖南省蒙山の亜種のようにクローン繁殖する有名なシークヮーサーとは対照的に、常に有性生殖を行います。
特筆すべきは、すべてのシークヮーサーが非常に特殊な琉球の品種とアジア大陸の品種の交配種であることを発見したことです。さらに、すべてのシークヮーサーは、アジア大陸の同一のマンダリン類を親としており、片親違いの兄弟と言えるのです。
研究チームは、数万年前にアジア大陸のマンダリン類が人もしくは自然の力によって後に琉球列島となる地に運ばれ、琉球の在来柑橘類と交配したのではないかという結論に達しました。そしてアジア大陸のマンダリン類の先祖を遡ると、蒙山に辿り着いたのです。そこで無性生殖の能力が獲得され、子孫に受け継がれたのです。現在、沖縄の市場に出回っているシークヮーサーは、すべてこの交配の子孫で無性生殖を行うため、クガニシークヮーサーのような安定した品種を代々受け継ぐことができるのです。では、タチバナをはじめとする東アジアのマンダリン類の品種は、どうでしょう?
OIST分子遺伝学ユニットのポストドクトラルスカラーの杉本親要博士は、次のように説明します。「すべて交配種です!タチバナの系統は、新たに記載された琉球の品種と中国の別のマンダリン類の子孫であるようですが、おそらく現在の日本本州にあたる場所で誕生したのでしょう。」
研究チームは、シークヮーサーとタチバナの遺伝子パターンを確認した後、オートーやカーブチー、タロガヨ、その他の無名の柑橘類を含む伝統的な琉球の品種も、別の片親違いの兄弟であることを発見しました。研究チームが「ユークニブ(沖縄の方言で酸味のある柑橘類)」と呼ぶこのグループは、シークヮーサーやタチバナよりもずっと最近の品種で、温州ミカンの生みの親である有名な「クネンボ」と琉球の在来マンダリン類が交配したことによって生まれたものです。クネンボは、約400〜500年前に海洋貿易によってインドシナから沖縄に持ち込まれました。シークヮーサーやタチバナの親であるアジア大陸の品種と同じように、遠い祖先に蒙山の品種を持つため、種子からクローンを作ることができ、その特性を子孫に伝えたのです。
OISTの分子遺伝学ユニットを率いるダニエル・ロクサー教授は、次のように締めくくっています。「マンダリン類の多様化とその地域の生物地理との関係を解明することは、とても興味深いことですが、この研究成果は、商業的な価値も秘めています。他にどのような交配種があるのかや、病気や干ばつに強い品種やその他の望ましい特性を持つ品種を新たに作れるかなど、起源を遡ることで、未来に向けてさまざまな可能性を生み出すことができるのです。」
柑橘類の多様性を解き明かすため、本研究は、沖縄県農業研究センター名護支所、有限会社勝山シークヮーサー、地元農家の小橋川弘さんなど、県内の産業界や個人との密接な連携により行われました。
発表論文詳細
発表先及び発表日:Nature Communications 2021年7月26日(月)
論文タイトル:Diversification of mandarin citrus by hybrid speciation and apomixis
DOI: 10.1038/s41467-021-24653-0
著者:Guohong Albert Wu, Chikatoshi Sugimoto, Hideyasu Kinjo, Chika Azama, Fumimasa Mitsube, Manuel Talon, Frederick G. Gmitter Jr., Daniel S. Rokhsar
表紙の写真は、沖縄県農業研究センターの光部史将氏。
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