2016-05-05

音声調整の「ツマミ」のように遺伝子発現を制御

 遺伝子の発現は、スイッチのようにオンとオフを切り替えたり、調整つまみのように発現の度合いを微調整することができます。沖縄科学技術大学院大学(OIST)ゲノム・遺伝子制御システム科学ユニットに所属するガース・イルズリー(Garth Ilsley)博士は、遺伝子発現制御を予測できる数学モデルを開発しました。実験的にはショウジョウバエの胚の遺伝子発現を調整する技術を導入し、数学モデルの有用性を実証しました。この技術に先鞭をつけたのが、ハワード・ヒューズ・メディカル・インスティテュートのJanelia Research Campus(米バージニア州)でデイビッド・スターン博士率いる研究室に所属するジャスティン・クロッカー博士です。英科学誌ネイチャージェネティクス(Nature Genetics)に掲載された本研究成果は、分子・発生生物学の分野で重要な意義を持ち、幹細胞のリプログラミング(初期化)や再生医療への応用につながる可能性があります。

 転写因子はエンハンサーと呼ばれるDNA上のある特定領域に結合するタンパク質で、遺伝子の発現を制御します。同じ転写因子でも、遺伝子の発現を活性化するものと、抑制するものがあります。このような調節システムは、ボリュームを上げたり下げたりする、ラジオの音量調整に例えることができます。研究チームは、遺伝子発現の活性化と抑制の仕組みを詳しく調べ、遺伝子の発現レベルを予測する方法を明らかにしました。つまりラジオの場合、ツマミをどれくらい回せば、どの程度の音量になるか予測して制御することができます。ただし、遺伝子発現の場合は、たった1台のスピーカーに対し、全ての転写因子固有の調整「ツマミ」が備わっており、これら複数の調整ツマミがどのように調和して適切なボリューム、つまり発現量を制御しているかを理解しなくてはなりません。

 そこでイルズリー博士は、エンハンサー領域に結合する転写因子の数や部位といった情報を全く必要としない新しい数学モデルを編み出しました。つまり、ラジオの内部構造を詳細に知る必要はなく、「ツマミ」の正しいひねり方さえ覚えればよいのです。これを実証するため、遺伝子発現を活性化および抑制する様々な強度の人工転写因子を使って実験をおこないました。

 研究チームはショウジョウバエの初期胚を用いて実験を行いました。イルズリー博士の数学モデルは、ショウジョウバエの頭から尾までの各体節を決定する遺伝子発現の調整が可能であることを示しています。実験の結果から、人工的な遺伝子活性化因子及び抑制因子が数学モデルで推測した通り、遺伝子発現を活性化および抑制することが可能だということが分かりました。これは、後付けした調整ツマミが、ラジオにもともと備わっている既存のツマミと調和して問題なく機能することと同じです。この数学モデルは遺伝子発現レベルに加えて、胚における遺伝子局在、例えば腹側と背側のように、胚のどの部位で遺伝子発現が生じるかを推測することもできました。イルズリー博士は、「理論と実験を組み合わせた研究成果がようやく達成できました」と言います。

 もう1つ今回の実験で明らかになったことは、エンハンサーは新たな遺伝子活性化因子と抑制因子の両方を柔軟に取り込むことができるということです。「人工的に作製された転写因子を加えてもエンハンサーは問題なく機能します。エンハンサーが柔軟であったという発見は、その機能が調整可能であり継続的に変化することを示唆する進化的にも重要なものです」とイルズリー博士は説明しています。そして、「人工であろうとなかろうと、活性化及び抑制因子は、総括的な遺伝子発現の調節に関わっている構成員となり得るのです。人工及び天然の転写因子の両者をうまく組み合わせてエンハンサー活性を全く同じように再現することができます」と付け加えています。

 「細胞のタイプを決定する遺伝子発現についてより深く理解するために、私たちは脱スイッチ論へと方向転換しています。定量的イメージングやRNAシーケンシングとといった、一細胞レベルでの分析が進む定量生物学と数学モデルを組み合わせることで、生物学者たちは遺伝子発現をより緻密に操作できるようになります。細胞を思い通りに操作するツールが手に入るというわけです」とイルズリー博士は期待を込めて語っています。

 

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