魚類ゲノム進化3億年の謎に迫る

伝統的な進化解析と革新的な数理モデルの融合が、ゲノム比較研究の将来への道筋を示しています。

 私たちヒトを含む脊椎動物は、今から5億年ほど前の祖先で2回にわたってゲノム(全遺伝情報)が倍になる「全ゲノム重複」※1を経験しました。また、同じ脊椎動物である真骨魚類(約2万6千種が含まれる魚類の中心的グループ)では、さらにもう1回の全ゲノム重複を経験しました。これらの全ゲノム重複が脊椎動物の進化にどのように影響を及ぼしたかについては未だに明らかになっておらず、国内外の研究者がその解明に向けて凌ぎを削っています。

 この度、沖縄科学技術大学院大学(OIST)、琉球大学、東北大学および日本大学に所属する5人の研究者たちが、魚類の中心的グループである真骨魚類のゲノム形成について、新たな系統解析※2プログラムと数理モデルを駆使して解析した結果、約3億年前に真骨魚類の祖先において3回目の全ゲノム重複が起った後、コピーされた重複遺伝子がまとまって欠失し、急速に現在の姿に近いゲノムに再構成されたことを突き止めました。これは、真骨魚類の本格的な多様化が起こる前にはゲノムの基本構造が出来上がっていたことを明示するもので、真骨魚類がどうしてこれほどまでに適応・多様化し、繁栄しているのかという疑問を明らかにする手がかりとなります。本研究成果は2015年11月16日の週に米国科学アカデミー紀要(PNAS)電子版に掲載されます。

真骨魚類

 魚類は、約6万種といわれる脊椎動物のうちのおよそ半分をしめるグループで、その大半は2万6千種以上が含まれる真骨魚類と呼ばれるグループからなります。地球上で最大の脊椎動物のグループである真骨魚類は、堅く発達した骨格、なめらかな鱗、うちわ状の均整のとれた尾びれなどが特徴で、南極の氷の下から数千メートルの深海、熱帯のジャングルを流れる川にいたるまで、あらゆる水域にその存在を認めることが出来ます。私たちの食卓に上がる魚のほぼ全てが真骨魚類です。

研究のきっかけ

 全ての脊椎動物は、その祖先の段階で2~3回の全ゲノム重複を経験しています(図1)。ゲノムという遺伝情報のセットがいったん倍になるという劇的な現象は、脊椎動物の成立に大きな役割を果たしたはずですが、実際ゲノム進化がどのように脊椎動物の発展に関わったのかは謎に包まれています。その謎の一つは遺伝子数です。例えば真骨魚類では、約3億年前に独自の全ゲノム重複を経験し、遺伝子の総数がおよそ2万から4万個に倍化したものの、今では四足類(両生類・爬虫類・鳥類・哺乳類)とほぼ同じ約2万個に戻っています。このことは、真骨魚類が余分な遺伝子を失いつつ、新たな遺伝子を獲得して進化したことを示唆しています。しかし、倍加した遺伝子は互いによく似ていることもあり、真骨魚類の遺伝子が四足類のどの遺伝子に対応するかなどがはっきりせず、比較が困難なために遺伝子の進化について深い探求ができないのが現状でした。そこで研究チームは、最近の研究によりその全遺伝情報が解読された魚類が増えてきたことをふまえ、分子系統解析※2を生かした大規模なゲノムデータ解析によって、この停滞状況を打破することを考えました。

主要な脊椎動物の進化パターンと遺伝子数。
図1 主要な脊椎動物の進化パターンと遺伝子数。 主要な動物グループ間の類縁関係と、脊椎動物に大きな影響を及ぼした3 回の全ゲノム重複。この研究は、真骨魚類・全ゲノム重複が魚類の進化に与えた影響に注目している。

ゲノムデータ解析

 研究チームは、まず大量のゲノム情報から祖先を同じくする遺伝子を見つけ出すために、論文第一著者であるOISTの井上潤博士を中心に、進化学の本格的な分析手法を適用した解析プログラムを新たに開発しました。そしてそれを用いた分析結果と、分岐関係と分岐年代の信頼度が高まった脊椎動物の最新の系統樹(図 2A)を活用して、真骨魚類の進化過程で重複した遺伝子が欠失・残存するパターンの解析を試みました。その結果、全ゲノム重複の後に遺伝子数は急激に減少し(第1フェーズ)、その後は緩やかに欠失(第2フェーズ)していることが分かりました(図 2C グラフの実線)。

図2 真骨魚類・全ゲノム重複後の遺伝子欠失・維持パターン。 A: 主要な脊椎動物グループ間の種の系統樹。
B: ゲノムの比較。2 種間で対応する遺伝子を線で結んで示している(色は左側の種の染色体に対応)。
C: 真骨魚類で見られた2 段階の遺伝子欠失パターン。A と C は同じ時間軸を用いている。

この第1フェーズの減少の程度は、先に予備的研究で第二著者である東北大学助教の佐藤行人博士らが見出していた以上に急激なものでした。そこで、この遺伝子の欠失パターンの背景を探るため、第三著者であるOISTのロバート・シンクレア准教授が中心となって、遺伝子欠失のメカニズムをモデル化した新たな数理解析を導入しました(図2C)。すると、第1フェーズの急峻なカーブで示された減少過程は、全ゲノム重複後のわずか6千万年余りの短い期間に重複遺伝子の約8割がブロックとしてまとまって失われたことによって引き起こされたと推定されました。一方、第 2 フェーズの緩やかなカーブで示された減少過程は、遺伝子が個別に欠失によるものと推定されました。

 さらに研究チームは、祖先を同じくする遺伝子のゲノム上の位置を手がかりにゲノム構造を比較しました(図2B)。すると、四足類と真骨魚類間(ヒト対メダカ) では大きく異なるものの(図2B上の円内部の線が激しく交差している)、真骨魚類同士(ゼブラフィッシュ対メダカ)では非常に類似していることが分かりました(図2B下の円内部の線がほぼ交差していない)。

 以上を総合すると(図 2C下)、全ゲノム重複の直後(第1フェーズ)に主に遺伝子のブロック欠失によって急激な遺伝子欠失が生じて、真骨魚類の基本的なゲノム構造が形成されたと言えます。それでは、これら2段階にわたる遺伝子欠失は、真骨魚類の特徴形成において何を意味するのでしょうか?種数を比較してみると(図 2A)、真骨魚類では その97%にあたる約2万6千もの多様な種が第 2 フェーズで出現しています。すなわち、真骨魚類の爆発的な多様化は、第 2 フェーズで見られる各系統独自の遺伝子別の欠失や、重複遺伝子の片方あるいは双方の別の機能を持つ遺伝子への変化と深く関わっていることが推測されます。

 今回の研究では他にも重要な成果がありました。それは、ゲノム重複後の早い時期に片方が欠失した後もずっと残ったシングルコピー遺伝子(ゲノム中に1つだけある遺伝子)1000余りを同定できたことです。これらの遺伝子は、真骨魚類の種の類縁関係でも謎のままである部分を解明するのに、有力な手がかりとなるものです。今後は、こうした系統解析面での展開も期待されます。

研究の意義

 研究チームのリーダーを務めた琉球大学の西田睦博士は「今回の研究は、重複後のゲノム進化の様子を時間軸に沿って明確に示した最初の例であり、生物の進化とゲノム再編の関係を調べる上で大きな一歩を踏み出せたと思います」と述べています。

今後の展望

 次世代型シーケンサーの登場により、ゲノム研究が飛躍的に進展し、現在多くの生物のゲノム解読が進んでいますが、そのデータが生物種間で適切に比較されていないため、進化研究にゲノムデータが十分に活かされていないのが現状です。このことについてOISTの井上博士は、「今回研究チームが真骨魚類のゲノム進化を探るために考案したゲノムの比較解析方法は、遺伝子の由来を明確にした上で生物間比較を可能にするもので、現時点では世界最高の精度を誇るものです」と語っています。今後、これをより広く脊椎動物進化の根幹で生じた全ゲノム重複の研究にまで適用することで、脊椎動物の起源と発展の謎に迫る知見が得られることが期待されます。

<用語説明>

※1 全ゲノム重複
 生物の進化の過程において、ゲノムを構成する染色体セットならびに保持される遺伝情報がエラーによってコピーされて倍加すること。全ゲノム重複を起こして生き残った系統では、多くの場合は重複した遺伝子の片方は余分になるため、余剰遺伝子はゲノムから欠落し失われる。しかし、重複遺伝子の間でそれぞれが働く体の部位やタイミングが変化する突然変異が起こると、それらの遺伝子は余剰ではなくなるので消失できなくなり、双方とも存続することになる。このようにして生じ、存続することになった遺伝子の一部は、生物の体の複雑化に貢献していると考えられる。今から5億年以上も前のカンブリア紀に、脊椎動物の祖先では全ゲノム重複が2回起き、ゲノム全体がいったん4倍になったと考えられている。全ゲノム重複は植物ではよく見られるが、動物ではそれ以後には真骨魚類と一部の両生類でしか見られない。

※2 系統解析・分子系統解析
 種間で遺伝子の塩基配列や体の形を比較して、生物が進化してきた道筋(系統)を推定する分析。このうち、系統に沿って伝達される遺伝子の塩基配列やこの遺伝情報から作られるタンパク質のアミノ酸配列などを比較データとして用いる分析を、分子系統解析と言う。

プレスリリース(PDF)

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