歩くには、ヒレ(そしておそらく冒険心)だけがあればいい

最新の解剖学的研究で、陸上を歩くために適応したミナミトビハゼの体の構造が明らかになりました。

MRS Mudskipper

沖縄のマングローブには、カニやカワセミなど多くの動物が住む多様性の高い生態系があります。その中で一風変わった存在と言えるのが、トビハゼの仲間の「ミナミトビハゼ」です。「ミナミトビハゼは魚ですが、陸上を歩き回って生活することができます」と、学術誌『Journal of Anatomy』 に掲載されたミナミトビハゼの解剖学に関する論文の筆頭著者で、OIST非線形・非平衡物理学ユニットに所属するファビエン・ズィアディ博士は話します。

新しい環境への適応 

ミナミトビハゼ(学名Periophthalmus argentilineatus)には変わった特徴があります。目は頭の横というよりも上の方にあり、肺を持たないにもかかわらず、空気中で呼吸することができます。「トビハゼ類は、皮膚や口から酸素を取り込みますが、皮膚は常に湿った状態を保たなければなりません」とズィアディ博士は話します。時には空気を口いっぱいに吸い込み、卵に空気を届けることもあります。「泥の中に巣穴を掘り、産卵のための部屋に空気を吐き出して、卵に十分な酸素が行き渡るようにします」とズィアディ博士は説明します。

ミナミトビハゼの巣穴
ミナミトビハゼの巣穴は、通常、地上に二つの入り口があり、それらが地中でつながるY字型のトンネルになっている。この巣穴の主は、右側の入り口から顔を出している。写真提供:前田健博士(OIST)
ミナミトビハゼの巣穴は、通常、地上に二つの入り口があり、それらが地中でつながるY字型のトンネルになっている。この巣穴の主は、右側の入り口から顔を出している。写真提供:前田健博士(OIST)

しかし、陸上生活への適応で最も驚くべき点は、歩く能力でしょう。「私たちの祖先は、陸へ上がる前に手足や指を発達させましたが、この魚にはそれが見られません。トビハゼ類は水陸両生で、泳ぐときにも歩くときにも使えるヒレを持っています」とズィアディ博士は話します。ミナミトビハゼは主に、胸ビレと呼ばれる体の側面に付いているヒレを使って陸上を移動します。 

MRS ミナミトビハゼのヒレ MudskipperPR
ミナミトビハゼは6種類のヒレを持ち、泳ぐ、掘る、歩く、求愛行動などの際にこれらのヒレを使う。陸上の移動では、胸ビレが最も重要だが、腹ビレと尾ビレも、魚を前方に推進させる上で重要な役割を果たす。写真提供:前田健博士(OIST)
ミナミトビハゼは6種類のヒレを持ち、泳ぐ、掘る、歩く、求愛行動などの際にこれらのヒレを使う。陸上の移動では、胸ビレが最も重要だが、腹ビレと尾ビレも、魚を前方に推進させる上で重要な役割を果たす。写真提供:前田健博士(OIST)

「ミナミトビハゼは、他の水陸両生の魚には見られない独特な方法で移動します。それは『クラッチング(松葉杖歩行)』と呼ばれています」とズィアディ博士は話します。ミナミトビハゼは、人間が歩くときのように左右の胸ビレを交互に動かすのではなく、けがをしたときに使う松葉杖のように、左右の胸ビレを同時に前方に振り出します。

沖縄のマングローブの川岸を歩くミナミトビハゼ。映像提供:前田健博士(OIST)

進化の過程を垣間見る  

ズィアディ博士は「この魚がどのようにして歩くのかを考えるのは、とてもワクワクします。私が所属する研究ユニットを率いるマヘッシュ・バンディ教授の研究チームが、ヒトの足の特定の形状が歩行を安定させる仕組みに関する研究を発表しましたが、私はその直後に、水陸両生のトビハゼ類のヒレについて、陸上で移動するためにどのような形態的適応が見られるのかについて考え始めました」と話します。ズィアディ博士は、魚類学者としてこのテーマに科学的興味を駆り立てられ、文献を徹底的に調べました。 

驚くことに、トビハゼ類のヒレに関して詳細な解剖学的研究が行われたのは1960年代が最後で、トビハゼ類の筋肉やその他の軟組織が陸上生活に適応した情報に関してはほとんどありませんでした。ズィアディ博士の研究チームは、解剖学的研究の経験とOISTコアファシリティ内のX線マイクロCTを利用できる環境を生かし、トビハゼ類が陸上生活に適応した仕組みを調べることにしました。

スズメダイのX線マイクロCT画像
魚をスキャンした後、ズィアディ博士は、筋肉、骨、軟骨、腱など、動物の体内の様々な器官や組織を特定するために、画像の分析に取り掛かった。画像提供:ファビエン・ズィアディ博士(OIST)、画像はサーモフィッシャーサイエンティフィック社のAmiraソフトウェアで取得
魚をスキャンした後、ズィアディ博士は、筋肉、骨、軟骨、腱など、動物の体内の様々な器官や組織を特定するために、画像の分析に取り掛かった。画像提供:ファビエン・ズィアディ博士(OIST)、画像はサーモフィッシャーサイエンティフィック社のAmiraソフトウェアで取得

「マイクロCTにはX線源と信号を拾う検出装置が備わっています。私たちは軟組織に興味があったので、画像をより鮮明にするためにヨウ素を使用しました」とズィアディ博士は説明します。この方法を用いて、研究チームはミナミトビハゼやその近縁種から始まり、様々な魚を画像化しました。また、比較のために、ゼブラフィッシュもスキャンしました。ゼブラフィッシュは、ミナミトビハゼを含むハゼ類とはかなり遠縁の関係にあります。

最初のイメージングが完了すると、本研究で最も難しい作業に取り掛かりました。マイクロCTで生成した数千枚におよぶ個別画像の分析です。「すべての画像を一つひとつ手作業で分類し、それぞれの組織を特定しなければなりません。2019年からずっと分析に取り組んできました」とズィアディ博士は話します。研究者の地道な努力は、ミナミトビハゼの最初の3D画像から、陸上生活に適応したいくつかの特徴が明らかになったことで報われました。「胸ビレの筋肉が大きく、それを支える肩甲骨も大きいことが分かりました」とズィアディ博士は話します。

研究チームは、ミナミトビハゼが歩行時に使う胸ビレで、骨と筋肉をつなぐ腱の一部が筋膜組織に置き換わっていることを発見し、さらに驚きました。「筋膜組織は安定性を高め、陸上での移動に必要な力を生み出している可能性があります。トビハゼ類が歩行時に体を前に押し出すのを助ける適応だと考えています」とズィアディ博士は説明します。

また、陸上でかかる重力が、トビハゼ類の体に別の適応ももたらしたようです。「肩と腹ビレの間には、調査した他の魚には見られないような関節のようなものがあり、それによって肩と腹ビレがつながっています」とズィアディ博士は言います。これらの変化は、生物が上陸する際に受ける進化の圧力がどれほど強いかを示唆しています。 

ミナミトビハゼの解剖図
この画像は、調査によって明らかになったミナミトビハゼの体内の詳細な解剖学的構造の一部。画像提供:パベル・プーチェンコフ、ファビエン・ズィアディ(OIST)、オンラインコミュニティの「Blender」(http://www.blender.org)で作成した。
この画像は、調査によって明らかになったミナミトビハゼの体内の詳細な解剖学的構造の一部。画像提供:パベル・プーチェンコフ、ファビエン・ズィアディ(OIST)、オンラインコミュニティの「Blender」(http://www.blender.org)で作成した。

また、骨格も影響を受けていないわけではありません。ヒレにかかる重量は、泳ぐよりも歩くときに大きくなるため、ミナミトビハゼでは、ヒレを構成する鰭条(きじょう)と呼ばれる線状構造の形が変化しています。「胸ビレの鰭条の断面は通常、三日月形をしていますが、ミナミトビハゼでは、鰭条の基部付近の断面が丸く、先端に近づくにつれて三日月形に変化します。これが、ヒレに機械的な安定性を与えているのかもしれません」とズィアディ博士は話します。同様の形状の鰭条は、私たちを含む四足動物の大昔に絶滅した祖先の化石で報告されていますが、現存する魚種では確認されていません。

これらの発見により、研究チームはトビハゼ類の進化をより深く理解したいという意欲に駆られています。「ミナミトビハゼの外見上の特徴は、水中だけに住む仔魚期には他のハゼとほぼ同じなのですが、成長し、上陸を始める変態期に、体やヒレの構造が急速に変わります。仔魚から成魚への発育過程を観察し、この変化をより深く理解したいと考えています」とズィアディ博士は話します。

今後について、ズィアディ博士と共同執筆者であるOIST海洋生態進化発生生物学ユニットのスタッフサイエンティスト、前田健博士は、研究室間の共同研究体制を構築し、ミナミトビハゼの仔魚から成魚への変態を研究する予定です。「これらの仮想解剖ツールを使うことで、動物の解剖学について全く新しい視点が得られます。これは非常に重要な作業です。なぜなら、その生物の体がどのように構成されているかが分からなければ、生物とその適応進化を理解することはできないからです」とズィアディ博士は話します。

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