複数のらせん状流路を持つ ポリマー製ファイバーの開発に成功
[東北大学との共同プレスリリース]
発表のポイント
- 細胞や粒子の混合や分離に利用する目的の三次元らせん流路からなる微小遠心機を、熱延伸法(注1)を用いて容易に製造できる手法を確立しました。
- 数値流体力学解析に基づいたシミュレーションと三次元流速分布計測実験において、ともにディーン渦(注2)の形成を確認し、実用化できる可能性を示しました。
- 新たな流体の統合制御が可能となることで、革新的な生体分析方法への道が拓けると期待されます。
概要
マイクロ流体技術はマイクロリットルスケールの流体を操作し応用する手法で、生命科学や化学、材料工学など多岐に渡る分野で利用されています。その中でも慣性力を利用して細胞や粒子のサイズによって分離したり混合したりするらせん型のマイクロ流路は、低コストで運用が容易なため、研究や実用現場で広く応用されています。
従来のマイクロ流体デバイスの多くは平面基板上に半導体製造技術のリソグラフィ(注3)によって作製されています。しかし流路形状を細かく制御できる反面、材料の選択制限や製造工程の複雑さ、平面構造に限定されるといった課題が存在します。
東北大学学際科学フロンティア研究所の郭媛元准教授と工学部学部生の加藤駿典氏(学際研ジュニアリサーチャー)、沖縄科学技術大学院大学(OIST)のエイミー・シェン教授とダニエル・カールソン博士(当時研究員)で構成された学際的な研究チームは、これらの課題を解決するために、光通信ファイバーの製造技術である熱延伸法を改良し、卓上型回転熱延伸法(mini-rTDP)を開発しました。そしてこの新たな手法を利用して、三次元らせん型微小流路を持つポリマーファイバーを開発することに成功しました。
本研究成果は、学術誌 Microsystems and Nanoengineering に2024年1月22日付で掲載されました。本研究は主に沖縄科学技術大学院大学(OIST)SHINKAプログラム、東北大学のSHINKAのマッチングファンドの支援を受けて実施されました。
研究の背景
近年、マイクロ流体技術は、医療、生物学、化学など多岐にわたる分野で重要な役割を果たしています。特に、三次元らせんマイクロ流体デバイスは、その複雑な内部構造により、遠心力を発生することで、流体の制御、細胞・粒子の分離や複数の化学物質の効率的な混合が可能となるため注目されています。これらの流体デバイスは、新しい薬物送達システム(DDS)、病気の診断技術、環境モニタリングなどの応用に革新をもたらす可能性を秘めています。しかし、従来の平面基板上にリソグラフィなどの製造方法では、流体デバイスの開発には時間がかかり、コストも高く、材料の選択にも制限がありました。
本研究の内容
これらの課題を解決するために、本研究チームは、卓上型回転熱延伸法(mini-rTDP)を開発しました(図2)。この方法は、従来の熱延伸法に回転機能を加えて、ファイバー内部に三次元の複雑な幾何学的構造を持つ流路を実現するものです。また、熱延伸法を利用していることから、熱可塑性を持つ材料であれば全て適用可能です。これにより、これまでの技術的な制約を克服し、少量の試料で効率的に実験を行うことができるうえ、医療、生物学、化学などの幅広い応用を促進することができます。また、本研究は、流体デバイスの製造方法に新たな可能性をもたらし、三次元的にマイクロ流体の分野における新たな標準を確立することが可能となります。
微小流路を集積したファイバーを開発するために、まず、チャンネルを持つポリマー製プリフォームという成形物を製作しました。その成形物を加熱しながら引き延ばすことにより、構造を維持したまま直径数百ミクロンのファイバーをつくることに成功し、チャンネルも約20分の1の大きさにまで縮小され、ファイバー内部にマイクロ流路を形成しました。さらに、延伸中にファイバーを水平方向に回転させることで流路も回転し、三次元のらせん型流路を形成しました。本研究では、この回転型熱延伸法を活用することで、様々な断面形状とらせんピッチを持つ三次元微小流路の開発に成功しました(図3)。
また数値流体力学解析に基づいた流体シミュレーションを行いました。さらに、ファイバーからマイクロ流体デバイスを作成し、マイクロPIV(注4)による三次元流速分布計測実験も行い、らせん流路内のマイクロ流路について詳しく評価しました。曲率を持った流路内にはディーン渦が発生することが知られており、本研究ではシミュレーションと実験結果の両方でディーン渦の発生を確認することができました(図4)。
ディーン渦を利用することで、細胞や粒子の分離への応用が可能となります。この新たなマイクロ流体デバイスの製造手法により、従来のデバイスでは実現できなかった流路の生成および制御が期待されます。
今後の展開
本研究により開発された卓上型回転熱延伸法(mini-rTDP)は、三次元らせんマイクロ流体デバイスの製造において、著しい進歩を遂げました。この革新的な製造方法は、マイクロ流体の分野における新しい可能性を開き、幅広い応用が期待されます。
mini-rTDPは、柔軟な材料選択と複雑な幾何学的構造の実現を可能にしました。これにより、従来の方法では実現できなかった新たなデバイス設計が可能となり、マイクロ流体デバイスの製造における多様性と柔軟性が大幅に向上しました。
三次元らせん構造により、流体を精密に制御することで、粒子や細胞の分離と試薬の混合などが効率的に行えるようになります。これは、特に診断ツールの分野での革新的な進展に貢献することができます。この研究は、少量の試料で多くの実験を行えることから、新しい薬物配達システム、特に遺伝子解析や病気の診断、環境モニタリング、およびLab-on-Chip(ラボ・オン・チップ)(注5)など、多様な分野での応用が可能です。特に、迅速なプロトタイピングと低コストの製造が可能であるため、診断、創薬、分子生物学など幅広い分野の研究と産業応用に影響を与えることが期待されます。
さらに、電極、バイオセンサ、アクチュエーターなどの機能と微小流路を同時にファイバー内に実装することで、マイクロレベルの非常に小規模な化学や生物学的反応を行うことができるLab-on-Chip生体分析技術を確立することが可能となります。この技術は、新しい発見やイノベーションの促進に繋がるとともに、マイクロ流体の分野をさらに前進させる可能性を持っています。
研究チームは、今後も東北大学とOISTとの強い連携により相乗効果を創出し、本研究のような社会にとってより意義深い学際的かつ国際的な研究開発を推し進めていきたい、と考えています。
謝辞
本研究は、沖縄科学技術大学院大学(OIST)SHINKAプログラム、東北大学のSHINKAのマッチングファンドの支援を受けて実施されました。加えて、科学技術振興機構(JST)創発的研究支援事業(JPMJFR205D)、および科学研究費助成事業(JSPS KAKENHI Grant No. JP21K14080)の支援を受けました。 筆頭著者の加藤駿典氏は東北大学学際科学フロンティア研究所ジュニアリサーチャーとして研究チームに加わり、研究を実施しました。
用語説明
注1. 熱延伸法 様々な材料を加熱しながら引き伸ばして、非常に細かい構造を持つファイバーを作る技術。金属、複合材料、ポリマーなど、異なる種類の材料を組み合わせることができます。まず、必要な材料を使って最終製品の原型となる大きな中間製品のプリフォームを作ります。このプリフォームを加熱しながら引き伸ばすことで、電気的、化学的、光学的な機能を持つ、長さ数百メートルの非常に細いファイバーを製造することが可能です。このプロセスは「金太郎飴」を作る方法に似ています。
注2. ディーン渦 曲がった管内を流れる流体で生じる特有の渦で、流体が曲がった管を流れる際に受ける遠心力によって形成されます。管の内側と外側で流体の速度が異なるため、管の断面に沿って対称的な渦が発生します。この現象はマイクロ流体や化学工学、生物医学の研究で重要な役割を果たし、流体の混合や物質の分離などに利用されます。
注3. リソグラフィ 半導体製造の工程の一つで、非常に小さな電子回路のパターンをシリコンウェハー(半導体の基盤となる薄い円盤)上に作り出す技術。光や電子線を使って、特定のパターンをウェハーに転写します。このプロセスにより、コンピュータチップなどに使われる微細な回路が形成されます。
注4. マイクロPIV (Particle Image Velocimetry) 微小な流体内の流れの速度と方向を可視化する技術で、三次元流速分布計測の一つ。流体に微小な粒子を混ぜ、特殊なカメラを使ってこれらの粒子が移動する様子を撮影し、撮影された画像から粒子の移動速度と方向を計算し、流体内の流れの三次元的な分布を明らかにします。マイクロPIVは特に小規模な流れ、例えば生物学的サンプルやマイクロ流体デバイス内の流れを研究する際に有用です。
注5. Lab-on-a-chip (LoC) 微細なチャネルやチャンバーを備えた小型の装置で、化学的、生物学的、医学的な実験を行うためのものです。この技術の主な特徴は、非常に少量の試料と試薬で実験ができること、そしてそのプロセスが自動化されていることです。
論文情報
研究ユニット
広報・取材に関するお問い合わせ
報道関係者専用問い合わせフォーム