Hello, World:ド・ジッター空間における物理学への新たなアプローチ
物理学者たちは過去数十年にわたって、微小な世界を扱う量子力学と、非常に大きな世界を扱う重力とを調和させようと試みてきました。これまで多くの研究者が量子重力の問題に取り組んできましたが、宇宙が加速膨張しつつあるという私たちの宇宙の特徴を考慮していないモデルがしばしば使われます。沖縄科学技術大学院大学(OIST)の研究チームは、より現実に近いモデルを使った量子重力への新しいアプローチを発表しました。
チームは、散乱(遠く離れていた粒子が近付いて相互作用した後, また遠ざかっていく現象)の際に何が起こるかを予測する行列である「S行列」を質量のない場について調べ、その成果をPhysical Review D誌で発表しました。S行列は、初期状態をもとに相互作用の後の状態を計算します。ここで 重要なのは、この概念が我々の宇宙のように加速しながら膨張するド・ジッター空間にも適用できることです。
本論文でチームは、自由かつ相互作用しない粒子を含む最も単純なシナリオのド・ジッター空間におけるS行列を計算しました。 この式は、自由S行列と呼ばれています。
「自由S行列は、単にエレガントな数式である以上に、より現実的なシナリオを説明できる可能性があります。私たちは今後、そのようなシナリオについて考え、場と場が相互作用するときに何が起こるかについて研究していく予定です。」と、本研究論文の著者のひとり、OIST博士課程学生のアドリアン・ダビドさんは語っています。
「Hello, World!」プログラム
コンピュータに「Hello, World!」という簡単なメッセージを表示させるプログラムを作ることがあります。 これは、そのコンピュータでプログラミング言語の環境が適切に機能しているかどうかを確認するためにソフトウェア開発者がテストする時などに使われます。複雑で実用的なプログラムを製作する前に、その環境を確認しているのです。 自由S行列は、数学が正しく記述されているかどうかを確認するための「Hello, World!」プログラムのようなものです。
「コンピュータ・プログラミングの健全性テストで出力される「Hello、World!」のメッセージは、そのプログラムがメッセージを表示するための基礎的な仕組みほどには面白くありません。自由S行列も、それ自体というよりもそれによって調べられる多くの問いのために興味深い対象となっているのです。」とダビドさんは話します。
「私たちは、加速しながら膨張するしているド・ジッター空間の宇宙にいます。この膨張はずっと続いているように見えます。現実の世界を記述する理論を考える際にはこの特徴が基本的なものとして組み込まれていなければなりません。」と、量子重力ユニットを率いるヤーシャ・ネイマン准教授は語ります。
チームは次のステップとして、現実を反映する、より複雑なシナリオに自由S行列を適用しようとしています。 そうすれば、この問題において、自由S行列が単に数学上の美しい概念なのか、それとも美しさ以上に本質をとらえた特徴を持つのかについて、より良い理解が得られるかもしれません。
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