量子コンピューティングの問題:電子を光でどう動かすか

将来の量子テクノロジー設計のため、マイクロ波と物質の相互作用に焦点をあてた研究が行われました。

  自然界に存在するすべてのものは、動き回る小さな粒子でできています。身のまわりにある電子機器も、負の電荷を持つ電子の動きがなければ機能しません。物理学者たちは、粒子を動かす力について必死に理解しようとしており、彼らの目標はその力を新たな技術に応用することです。例えば、正確に制御された電子の集団を用いて膨大な計算タスクに挑む量子コンピュータです。この度、沖縄科学技術大学院大学(OIST)の研究者らは、光の一種であるマイクロ波が、電子の動きを阻害することを実証しました。この研究結果は、量子コンピューティング技術の向上につながるかもしれません。 

  通常のコンピュータは0と1の2進法で稼働し、この2進コードのため、コンピュータが処理する情報の量と種類は制限されています。一方、素粒子は2つ以上の異なった状態で存在することが可能なため、量子コンピュータは電子を用いて複雑なデータを処理し、超高速で機能を実行することができるのです。電子を0でも1でもどちらもとれる状態に保つため、研究者らは素粒子をとらえて、その振る舞いを変化させる力を与えます。

  2018年12月18日、Physical Review B誌に掲載された新たな研究で、OIST研究者らは、電子を低温真空容器に閉じ込め、マイクロ波を与えました。すると、容器内の粒子と光は互いの動きを変化させ合い、エネルギーの交換をしました。本実験により、 量子情報の保存にこの密閉されたシステムが使用できる可能性が示されました。つまり未来のマイクロチップです。

  本研究の筆頭著者であり、デニス・コンスタンチノフ准教授が率いるOIST量子ダイナミクスユニット所属の博士課程学生であるチェン・ジャバオさんは次のように語っています。「今後さらに膨大な量の研究が必要ですが、本研究はそのプロジェクトに向けた小さな第一歩です。量子コンピューティングと量子情報の保存を可能にするために、電子の新たな状態を作り出すのです。」

 

量子ダイナミクスユニットでは、二次元層の電子を液体ヘリウムに閉じ込め、密閉容器に投入し、絶対零度近くまで冷却。容器内では、上部にある金属プレートと球状の鏡がマイクロ波を反射し(赤いビーム状で表示)、マイクロ波の空洞(共振器)を形成。 閉じ込められたマイクロ波は、液体ヘリウム上に浮かんでいる電子と相互作用を起こす。

電子を高速回転させながら送る

  高速で振動する電場と磁場からなる光は、環境で電荷をもった物質と出くわすと、それを押します。光が衝突した電子と同じ振動数で振動する場合、その光と粒子は互いのエネルギーと情報を交換することができます。この状態に陥ると、光の動きと電子は「結合」します。このエネルギー交換が、環境内で起こる他の光と物質の相互作用よりも速く起こると、その光と電子の動きは「強結合」します。本研究の研究者らは、マイクロ波を使ってこの強結合状態をつくり出そうとしました。

  「強結合をつくり出すことは、光で粒子を量子力学的に制御するために重要なステップで、物質の新たな状態をつくり出す上で重要になるかもしれません」と、チェンさんは語ります。

  電子が近くの物質と衝突したり、熱を発する相互作用をしたりする際、「シグナルノイズ」が発生しますが、この紛らわしいノイズから電子を分離すると、結合をはっきりと観察することができます。これまで科学者たちは、マイクロ波が粒子に及ぼす影響を半導体界面上で行ってきました。半導体界面とは半導体と絶縁体が接触する面で、これを用いると電子の動きを一つの面に閉じ込めることができます。しかし、半導体は電子の自然な動きを阻害する不純物を含んでいます。

  このように、まったく欠陥のない素材というものは存在しないため、量子ダイナミクスユニットでは代替案を選択しました。それは、マイクロ波を反射する2枚の金属製の鏡を取り付けた低温真空容器の中で、電子を孤立させる方法です。

 

実験用のセル
液体ヘリウム上の電子系実験が行われたセル(容器)

  密閉容器は、セルと呼ばれる小さな円筒状の容器で、各容器には液体ヘリウムが入っており、絶対零度に近い温度に保たれています。ヘリウムはこのような極低温下でも液体の状態を保ちますが、浮遊する不純物は凍結してセルの側面にはり付きます。電子はヘリウムの表面に結合し、二次元シートを形成します。研究者らはセルの鏡間の光を捕獲することで、そこにある電子をマイクロ波のような電磁放射線にさらすことができるのです。

  この比較的シンプルなシステムで、マイクロ波が電子の回転に与える影響が見えるようになりました。このような効果は半導体の中では確認できませんでした。

  論文共著者で、量子ダイナミクスユニット所属のポストドクトラルスカラーであるザドロシュコ・オレキシー博士は次のように語っています。「我々の実験装置では、物理現象の経過をより明白に測定することができます。その結果マイクロ波が電子の動きに大きな影響を与えることをつきとめました。」

 

(左から)量子ダイナミクスユニットのザドロシュコ・オレキシー博士、デニス・コンスタンチノフ准教授、OIST学生のチェン・ジャバオさんは、マイクロ波が二次元液体ヘリウム上に浮かんでいる電子とどのように相互作用するか調べました。チェンさんは本論文の筆頭著者です。

量子コンピューティングをより強力に

  研究者らはこの研究結果を数学的に説明し、速度、位置、各電子の総電荷量の変動が、強結合効果にほとんど影響を及ぼさないことを明らかにしました。その代わりに、粒子とマイクロ波の平均的な動きが、集団として、両者間のエネルギーや情報交換を引き起こしたと考えられます。

  液体ヘリウムを使うと、電子を正確に制御することができるため、通常のデータをハードドライブに保存する際と同様に、量子情報を読み、書き、処理することが可能になります。量子ダイナミクスユニットでは、このシステムの研究をさらに進め、量子情報のビットである量子ビットにおける業界標準を改善することを目指しています。研究者らのこうした挑戦は、より速く、強力な量子技術の開発につながるかもしれません。

 

銅製ミラー
銅製のミラー(左)がマイクロ波フォトンを液体ヘリウム上の電子に誘導および集束させる。
平面ミラー(右)は2つの同心円状の電極(コルビノ電極と呼ばれる)を有し、電子の伝導率を測定するのに用いられる。

広報・取材に関するお問い合わせ:media@oist.jp

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