2018-11-12

半月と蝶ネクタイ:同じ物理現象に異なるエネルギー

  通常、実験などで中性子をフラストレート磁性体に射撃した際、粒子は独特な模様を描きながら反対側に噴出されます。磁気秩序状態が実現しない金属中の原子は低温な状況下でも互いに調子を合わせながら振動するために、このような模様が現れます。この独特な模様の一つは「ピンチポイント」として知られる、中央が狭まった蝶ネクタイのような形で、スピン液体の分野では広く認知されています。一方、このピンチポイントと共に度々「半月」と呼ばれるあまり知られていない半月形の模様が見られるのですが、この現象とピンチポイントを結びつける理論は今まで解明されていませんでした。

  沖縄科学技術大学院大学(OIST)の研究者たちは、そのピンチポイントと半月が実は同一のものであることを明らかにしました。二つの形が異なるのは、実は同じ物理的現象からくる痕跡を異なるエネルギー領域から見ているからであるということが判明したのです。2018年10月12日にPhysical Review B Rapid Communicationに掲載された新たな統一理論では、対として頻発するこの現象を引き起こす基礎となる物理現象が初めて説明されました。

  OIST博士課程学生で量子理論ユニットに所属し、この研究の筆頭著者であるハン・ヤンさんは、「理論そのものは簡単です。低いエネルギーでピンチポイントが作られる理論を用いて、より高いエネルギーで何が起こるかを同様に計算することができます。これにより対となる半月の形を得ることができます。」と述べています。

左:スピン構成(原子磁性体)が外向きと内向きのスピン数が同じであるという保存則を破っている図(上)と従っている図(下)。

 

右:2つの状況別の中性子散乱:

ピンチポイント(下)および半月(上)の一定したエネルギー断面を表す中性子散乱の3D構造(中)。2つの模様は左の2つのスピン構成と一致する。

提供: 
Theory of Quantum Matter Unit

  フラストレート磁性体を拡大して観察した場合、それを構成する原子は各自、不規則に回転しているように見えます。しかし、実際これらの原子はお互いのテンポに合わせた美しいダンスの様な動きに従いながら、最終的に磁気的な引き合いを打ち消し合うのです。この、いわば磁気的なバレエとも言える現象を直接観察することは困難なため、物理学者はその代わりとしてこのような演技が行われていると推測できる手がかりとなるものを探します。

  中性子散乱と呼ばれる実験技術があり、これが上述のような手がかりとなるものの集約を可能にします。中性子はそれ自体には電荷を持たないもの、局所的な磁力源として作用し、さらに個々の原子レベルでもそれぞれ、N極とS極を持つ小さな磁極としても作用します。磁性体の材料の中に中性子が撃ち込まれると、通過時に当たっていく原子により、その速度と方向が散乱されます。

  この散乱が作り出す模様こそが、物質内の原子の挙動を物理学者に伝えてくれるのです。例えば、中性子の散乱が乱雑な場合は、その物質内の原子が不規則に整列していると推測することができます。また、中性子が特徴的なピンチポイント形(蝶ネクタイ形)に飛散する場合には、内部の原子はフラストレート磁性体のものと同様に、並んだ状態で回転しているということが推測できます。

  ピンチポイントの形状は、フラストレート磁性体のどの領域においても内向き回転(スピン)と外向き回転の原子磁性体が同数ずつ存在している時に現れます。この均一な状態こそが、対象となる材料を非磁性とみなし、最小レベルのエネルギー状態を維持するのです。

  そして半月の形は、フラストレート磁性体がこの最小レベルよりも高いエネルギー状態となった時に現れ、外向きと内向きのスピン数が同じであるという保存則に反します。本質的に言うと、半月とは曲線上に置かれたピンチポイントです。この曲線のカーブが大きいほど保存則へ従わなくなり、より多くのエネルギーが使用されます。OISTの研究者たちは、まずはこの関連性を計算式で明らかにし、後にその検証を行いました。

半月とピンチポイントの統一理論を初めて提示した論文の筆頭著者であるOIST博士課程学生ハン・ヤンさん。

提供: 
Provided by Han Yan

  まず、カゴメ格子上のハイゼンベルク反強磁性体として知られるモデルを用い、ピンチポイントと半月を同時に観察することができるシミュレーションが可能な状況で統一理論を検証しました。また、フラストレート磁性体Nd2Zr2O7を使用した最近の観測にも、この計算式を適用し、その際に現れた2つの模様もこの統一理論が説明できるということを判明しました。

  「ピンチポイントと半月は、一つが保存則に従い、もう一方はそれを破ることで同じ物理学から由来しています。この二つを組み合わせると現象を取り巻く全体像が出来上がります」とヤンさんは語ります。

  将来的にこの半月とピンチポイントの統一理論は、理論物理学と応用物理学の両方で役に立つだけではなく、これらの分野を超えても有用であることが証明されて行くことでしょう。

  「ある視点から見ると、この凝縮された物質はそれぞれが異なる小宇宙を作り上げています。これらの小宇宙にある不思議な自然法則を見つけ出していくのは、知的好奇心を満たすという意味で素晴らしいものですが、それだけでなく、いずれは日常生活にも関係してくるものです。人々はこのような発見の中に今後、人類の為になり得る有用な法則などを見つけようとしているのです。」と研究の意義を語っています。

(Nicoletta Lanese)

広報や取材に関して:media@oist.jp

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