種を選り分ける

OISTのある一人の生物学者にとって、深海から巨大な単細胞生物を回収するのも、蟻の頭部の微細構造について調べるのも同じことです。なぜならこれらの生物種が持つ進化のストーリーに共通のテーマがあることに気付いたからです。

 「有孔虫(foraminifera)とは何なのか、全く知りませんでした。」と、OISTの研究員、ベアトリス・レクロ博士は言います。

 その答えを探すため、フランス系スイス人であり好奇心旺盛な生物学者である同博士は、この単細胞動物に惹かれて、未知の深海の領域へと赴きました。それ以上に珍しいのは、レクロ博士が同様に興味をそそられる対象を陸上にも見出した点かもしれません。その対象とは蟻のコロニーです。一見したところ、有孔虫と蟻の間には何の共通点もありません。しかし、同博士はこれらの生物種が持つ進化のストーリーには共通のテーマがあることに気付きました。レクロ博士の興味は化学工学を含む幅広い範囲に及び、OISTの生物多様性・複雑性研究ユニットでの研究職につながりました。こうした経歴は、OISTに所属する研究者が持つバックグラウンドおよび研究テーマの多様性の証明でもあります。

 素人目には、有孔虫は殻で覆われた生物のように見えます。しかし、有孔虫は殻に覆われているものばかりではなく、また殻が一様に炭酸カルシウムでできているわけでもありません。これらのアメーバ様の生物は、粘性のある、極めて細い仮足を使い、食べ物や、殻を作る材料となる有機粒子を取り込みます。有孔虫の形と大きさは多岐にわたり、幅が30ミクロン未満のものから20 cmを超えるものまであります。また、有孔虫は多様な生態系中に存在しており、浅海から非常に深い海溝の堆積物、淡水中の浮遊物、または陸上の土壌に埋まっているものまで様々です。英語で通称「foram」と呼ばれる有孔虫は、しばしば深海の堆積物における主要な生物成分で、化石の中に残る有孔虫は、気候変動および油層探鉱の有用な指標になります。

 「陸上には、有孔虫に相当するような動物はいません。」とレクロ博士は語ります。

 同博士が最も興味深いと考えるのは、クセノフィオフォラと呼ばれる、成長すると20 cmになることもある巨大有孔虫です。あらゆる海盆に散在しているクセノフィオフォラですが、これまで科学の分野では見過ごされてきました。クセノフィオフォラは壊れやすい土の塊のように見え、固いフリル状の構造を持ちます。そして、放射性元素を含む、重金属およびレアメタルを蓄積する能力があることから、日本政府が関心を寄せています。

 「発見された当時、クセノフィオフォラをどの門に分類していいのかすら誰にも分かりませんでした。」と博士は言います。

 レクロ博士の研究課題は、ある種の有孔虫が他の有孔虫にくらべてより多様性に富んでいる理由、またはより広く分布している理由を明らかにすることです。なぜ、特殊化した有孔虫類とそうでない有孔虫がいるのでしょう?

 独立行政法人海洋研究開発機構(JAMSTEC)で研究を行っていた当時、同博士は世界で最も深いマリアナ海溝から堆積物を採取し、そこに含まれるDNA分子をすべて単離しました。次に博士は大量シーケンスによって解読可能なDNA鎖のコピーを得て、この情報を手がかりに海洋堆積物に生息する生物種、特に有孔虫を同定しました。「これは数年前なら不可能だった研究です。この手法自体が存在していなかったのですから。」と、レクロ博士はふり返ります。

 マリアナ海溝の深度では、水圧が高すぎるため炭酸カルシウムの殻は形成されません。このため、多くの有孔虫は説明できないか、石灰質の殻を持つ既知の有孔虫とは異なっています。「顕微鏡下での識別は非常に困難です」「しかしDNA分子が有孔虫の存在を教えてくれるのです」と同博士は言います。

 OISTにおいてもレクロ博士はシーケンスによる生物種同定の研究を続けています。現在、生物多様性・複雑性研究ユニットに所属するレクロ博士は、蟻の研究に注力しています。ここでも博士の問いは同じです。蟻がこれほど多くの種に進化した要因とは何なのか?

 この問いに答えるべく、同博士は蟻の体全体の形態に加え、表面のテクスチャー、溝および隆起を詳細に測定し比較しています。また、化学分野の専門を活かし、蟻同士がコミュニケーションを取る際に放出されるフェロモンの比較も行っています。いずれこの研究で、蟻の種分化が起こるスピード、そしてその変化が徐々に起こるのかそれとも一気に起こるのかが明らかになるかも知れません。

 レクロ博士にとって、深海から巨大な単細胞生物を回収するのも、蟻の頭部の微細構造を調べるのも同じことです。手がかりをDNAに求める時も、身体的・化学的特徴に求める時も、両種はどちらも「種の進化を研究するのに最高のモデル」なのです。同博士のは幸運にも日本学術振興会の科研費採択が認められ、今後のクセノフィオフォラ研究の基盤を得ました。つまり、博士は別々の生物地理界における生物多様性を研究できることになります。

 「生物多様性は最も純粋な形の科学です。」と、レクロ博士は言います。「身体的な特徴であれ化学的な特徴であれ、我々が見出そうとしているのは関連性と相違性なのです」。

 

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