量子粒子で重力波を模倣することが可能?
二つのブラックホールが衝突すると、その影響で時空が揺れ動き、エネルギーが池の水面に広がる波のように広がります。1916年にアインシュタインが予言したこの重力波は、2015年9月に米国の重力波検出器LIGOによって初めて観測されました。重力波を観測することは、想像を絶するほど複雑な技術的偉業です。太陽系ほどの大きさの重力波を検出するには、原子核の直径よりも小さな変化を測定しなければなりません。
しかしこの度、沖縄科学技術大学院大学(OIST)、東北大学、東京大学の研究チームが、低温原子の量子凝縮体を用いて実験環境で重力波をシミュレートする方法を提案しました。研究チームは全員、OIST量子理論ユニットの現メンバーまたは元メンバーで、研究成果は、科学学術誌『Physical Review B』に掲載され、Editor's Choice 論文に選ばれています。
「アインシュタインの一般相対性理論は、時間と空間に対する私たちの考え方を一変させました」と、本研究の責任著者で、量子理論ユニットを率いるニック・シャノン教授は振り返ります。「この理論は、空間が曲がってブラックホールができ、振動して、波が生じ、光速で宇宙を伝わることを教えてくれました。これらの重力波には、宇宙に関する重要な情報が含まれています。問題は、その観測が非常に難しいということです。
この課題に対処するため、米国の重力波検出器LIGOや、欧州の Virgo 干渉計、日本の大型低温重力波望遠鏡KAGRAのような、巨大な重力波望遠鏡が建設されてきました。しかし、数キロメートルもあるこれらの機器をもってしても、ブラックホールの衝突のような、最も激しい天体現象から発生する波しか検出できません。
別のアプローチとして、一般相対性理論の様々な側面と似た地球上の現象を調べるという方法があります。研究チームは、実験室で磁石と低温原子を用いて研究していたとき、ある量子現象が重力波と酷似する可能性があることに偶然、気づきました。
「この結果は重要です」と東京大学のハン・ヤン博士は言います。「なぜなら、よりシンプルな実験環境で重力波をシミュレートし研究することが可能になり、その結果を実際の重力波の理解に役立てることができるからです。」
アインシュタインは重力波の存在を予言しただけでなく、ボース粒子という量子粒子の一種が冷却されると、ボース・アインシュタイン凝縮(BEC)と呼ばれる状態になり、粒子群が完全に一体となって行動することが可能になると予測していました。
研究チームは、スピンネマティックと呼ばれる特定のタイプのBECに注目しました。「ネマティック相は私たちの身の回りに存在しています」とシャノン教授は説明します。「スマートフォンやタブレット、テレビの液晶ディスプレイ(LCD)にもネマティック相は存在します。」液晶ディスプレイ(LCD)では、棒状の小さな分子が均一に並び、画面内の光の流れを制御します。研究チームは、以前からスピンネマティックと呼ばれる液晶の量子版を研究していました。液晶ディスプレイ(LCD)の分子が電界に基づいて状態を変化させるのとは異なり、スピンネマティック状態の粒子は波として伝播することができます。「スピンネマティック状態の粒子の波の性質は、数学的に重力波の性質と一致することが分かりました」とシャノン教授は言います。「リコ・ポーレ博士と赤城裕博士のそうした研究で、私たちはこれらの波をシミュレーションする方法を知っていたのです。」
「異なる現象であるように見える重力波と量子状態を、非常に似た基盤となる数学的構造で説明できるという事実に魅了されてきました。そして、それが私にとっては、物理学の最も美しい部分なのです」と、同ユニットに所属し、本研究の筆頭筆者であるレイリ・ホイナツキ博士は話します。「物理学の異なる二つ分野を研究し、これまで誰も試みたことのない方法でその二つを結びつけることは、とてもわくわくしました。」
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