OISTの研究者が、沖縄の重要なサメ生息地の選定に貢献

沖縄の7つの海域が、絶滅危惧種の保護に重要な役割を果たす「 Important Shark and Ray Areas (ISRAs) (重要なサメ・エイ生息地(ISRA))」に指定されました。

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食物連鎖において頂点捕食者ならびに中間捕食者であるサメは、海洋生態系の健全性の維持に不可欠であり、種の個体数を調整することで生物多様性を支えています。しかし、人間による乱獲や生息地の環境劣化、気候変動など、サメが直面する脅威は世界規模で増え続けており、こうした重要な種を保全していく必要性が高まっています。 

国際自然保護連合(IUCN)種の保存委員会 サメ専門家グループ(IUCN/SSG)によって2021年に開始された世界規模のプロジェクトである Important Shark and Ray Areas (ISRAs) (重要なサメ・エイ生息地(ISRA))」は、日本を含むアジアにおけるサメの重要な生息地を新たに選定し、海洋保全における大きなマイルストーンとなりました。重要な生息地として追加された地域は、最新のe-Atlasに公開されています。このプロジェクトでは、科学的根拠に基づく生命中心的な観点から、サメやエイの種の保存といった喫緊の課題に取り組んでいます。 

重要な生息地を特定することで、ISRAプロジェクトは各国の政策立案者や関係者に、種固有の保全戦略策定の土台となる知見を提供しています。このたび、沖縄科学技術大学院大学(OIST)の非線形・非平衡物理学ユニットの海洋生物学者でサメ研究者のファビエン・ズィアディ博士らの働きかけにより、沖縄周辺海域が重要な生息地として新たに選定されました。 

なぜサメの研究が重要なのか? 

沖縄には、沿岸種から回遊種、深海に生息する種まで、様々なサメが生息しています。これまでの研究では、いくつかの個体群は近隣の地域とは遺伝的に異なることが示唆されており、沖縄に固有の個体群が生息している可能性があります。 

これらのサメを理解する上で重要なことは、何を食べているかを知ることです。沖縄の深海ザメは、頭足類(タコ、イカ、コウイカ)やエビ、深海魚のような小さくて体の柔らかい動物を好んで食べます。 

バーチャルなサメの推定年齢
ズィアディ博士は、従来の組織切片の観察による年齢の推測ではなく、3Dイメージング技術で脊椎骨の中心を調べ、寒冷期に毎年形成される木の年輪のような帯を数え年齢をより正確に測定している。上図はさまざまな年齢のサメの脊椎骨をスキャンしたもので、赤い点は冬に形成される帯を示す。画像は西表島のオオメジロザメの若い個体。画像提供:立原一憲
ズィアディ博士は、従来の組織切片の観察による年齢の推測ではなく、3Dイメージング技術で脊椎骨の中心を調べ、寒冷期に毎年形成される木の年輪のような帯を数え年齢をより正確に測定している。上図はさまざまな年齢のサメの脊椎骨をスキャンしたもので、赤い点は冬に形成される帯を示す。画像は西表島のオオメジロザメの若い個体。画像提供:立原一憲
恩納村で捕獲された珍しいヒレタカフジクジラ
水深400メートルで捕獲されたヒレタカフジクジラの珍しい標本。小型の深海ザメで、体の表面にある発光器官で自ら発光する。この成熟したオスを調査したところ、名護湾ISRAが繁殖地である可能性が示された。写真提供:ファビエン・ズィアディ(OIST)
水深400メートルで捕獲されたヒレタカフジクジラの珍しい標本。小型の深海ザメで、体の表面にある発光器官で自ら発光する。この成熟したオスを調査したところ、名護湾ISRAが繁殖地である可能性が示された。写真提供:ファビエン・ズィアディ(OIST)

対照的に、イタチザメのような大型の沿岸サメの食生活は、より多様で日和見的です。「鳥類も好んで食べるようです」とズィアディ博士は指摘します。イタチザメは大型のサンゴ礁魚や、エイのような軟骨魚類も食べるほか、大型のフグや、競技用の鳩の残骸(足のタグで判明)、フィリピンのお菓子の包み紙、プラスチック破片なども摂取していることが分かりました。サメの生態学的役割をより理解し、プラスチック摂取の影響などを評価するためにも、ズィアディ博士はサメの胃の内容物を入念に分析しています。 

日本における重要なISRA  

国内では12のエリアがISRAとして選定され、そのうち7か所が沖縄にあります。ズィアディ博士は、沖縄県の亜熱帯海域5か所を提案し、広範な調査と地元の専門家による厳格な審査を受けました。絶滅危惧種の存在と繁殖状況の基準に基づき、そのうち以下の4か所が、ISRAとして承認されました。 

  • 西表島の浦内川 
  • 大久曽根(たいきゅうそね) 
  • 那覇および報得川(むくえがわ)   
  • 名護湾 

その他の3か所(以下)は、他の科学者によって提案され承認されました。 

  • 与那国島 
  • 八重山諸島 
  • 黒島 

那覇および報得川と、西表島の浦内川の2か所は、生まれたばかりのオオメジロザメの育成場として機能しています。これらの生息地は淡水と海水が交わる汽水域にあり、沿岸のマングローブ林や河川水系にまで広がっています。ズィアディ博士は、西表島と沖縄本島に生息する若いオオメジロザメの脊椎骨のサンプルを3Dスキャンし分析しました。分析結果によると、これらの海域には新生児や3歳までの幼魚が生息しており、他のサメから身を守るための避難場所となっている可能性があることを示唆しています。現在、オオメジロザメの育成場として知られているのは、周辺地域でもこの場所のみであり、この種が沖縄で生き残るために極めて重要な場所となっています。 


沖縄の南にある大久曽根や名護湾のISRAは、ツノザメ科のような深海生物の重要な生息地となっています。「OISTキャンパスのすぐ目の前にも重要なサメの生息地があります。この地域は特に深海ザメの生物多様性が豊富で、世界的に見ても、研究が進んでいないサメのグループのひとつです」とズィアディ博士は話します。博士は、沖縄県内での啓発活動にも積極的に取り組んでおり、地域の学校の授業やイベントに登壇し、海洋生態系におけるサメの重要性についての正しい知識を普及しています。 

OISTのカリン・マルキデス学長兼理事長は、次のように述べています。「OISTの研究者が沖縄地域の科学データを提供することで、沖縄の重要なサメの生息地を世界に知らしめる重要な役割を果たしました。これは、政府や政策立案者が地域固有のサメの保全戦略を策定する上で、非常に強力な知見となるでしょう。」  

大きな前進  

今回、日本でISRAが指定されたことは、サメ研究、生物多様性の保全、そして地域社会がサメの存在を受け入れるための、大きな前進となりました。 

現在、これらの水域は法的な保護下におかれているわけではありませんが、豊かな海の保全のために、行政主体による取り組みが不可欠です。これらの重要な生息地を保護し、協力して持続可能な取り組みを行うことは、海洋環境だけでなく、最終的には地元経済にも利益をもたらします。 

サメ研究で欠かせない博物館の資料調査。
博物館の資料はサメ研究に欠かせない。(写真左)深海ザメの稚魚。(写真右)1907年の古い標本。こうした標本は、沖縄の海域における深海ザメの分類や分布の解明に役立つ。標本は国立科学博物館(東京)の魚類コレクションのもの。写真提供:ファビエン・ズィアディ(OIST)
博物館の資料はサメ研究に欠かせない。(写真左)深海ザメの稚魚。(写真右)1907年の古い標本。こうした標本は、沖縄の海域における深海ザメの分類や分布の解明に役立つ。標本は国立科学博物館(東京)の魚類コレクションのもの。写真提供:ファビエン・ズィアディ(OIST)
恩納村沖でのサメの標本採取
深海ザメの捕獲には忍耐力と少しの運が必要に。時にはフグといった魚が釣れることも。採取されたサメの標本は、すべて生態調査のためにOISTに持ち帰られる。写真提供:ファビエン・ズィアディ(OIST)
深海ザメの捕獲には忍耐力と少しの運が必要に。時にはフグといった魚が釣れることも。採取されたサメの標本は、すべて生態調査のためにOISTに持ち帰られる。写真提供:ファビエン・ズィアディ(OIST)
サメを調査した深海探索メンバー
名護湾で深海ザメの採集に成功した深海探索メンバーたち。(左から) OISTファビエン・ズィアディ博士、金城重治船長、OISTマノン・メルキャデー博士。サメ研究を進めるには、地元の方々からの協力や漁業関係者とのチームワークが重要になる。サメ保全活動を推進するにあたり、地元の慣習の理解と、尊重し合う関係性の構築が重要である。写真提供:運天比呂子さん 

ズィアディ博士は、沿岸および深海のサメに関する研究を継続し、サメ生息地の重要性を訴求することで、沖縄のサメやエイの個体群を支える重要な生態系の保全に向けた、さらなる行動や協力を促したいと考えています。さらに、博士の研究は、人間と野生動物が安全に、そしてよりよい共生関係を築いていくことも目指しています。また、人間の活動と海洋生物の共存のバランスが取れるよう、十分な情報に裏付けられた戦略が必要だと強調しています。  

執筆:ファビエン・ズィアディ、編集:大久保 知美、マール・ナイドゥ 

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