高齢者の転倒事故ゼロを目指したエイジテック・スタートアップの挑戦
エメラルドグリーンの海を臨む恩納村、沖縄科学技術大学院大学(OIST)キャンパスの南に隣接した高台に、谷茶の丘.雅(みやび)があります。高齢者向けのデイサービス、ホーム施設といった総合的なサービスを、数十年にわたって提供してきました。そして今、エイジテック(高齢者×テクノロジー)スタートアップ企業、Sage Sentinel (セージ・センティネル)との新たな取り組みが始まろうとしています。
OISTの起業家支援プログラム「OIST Innovation Accelerator」に2020年に参加し、現在キャンパス内にビジネス拠点を構えるセージ・センティネルは、転倒を事前に予測して防止につなげるAIべ―スのシステムを開発しています。同社の創設者のひとりでCEOのキャシャヤー・ミサギャンさんは、この度、谷茶の丘.雅を訪れ、現場のスタッフの方々へのインタビューを通してニーズや課題を洗い出し、同施設での転倒予測システムの実証実験の可能性を探りました。
高齢化社会が進む中、転倒による事故が増加傾向にあります。消費者庁の平成30年の統計によると、国内の高齢者の不慮の事故による死因別死亡者数の中で、「誤嚥(ごえん)等の不慮の窒息」が最も多く、「転倒・転落」、「不慮の溺死及び溺水」が続きます。これらの不慮の事故は、「交通事故」や「自然災害」による死亡者数よりも多くなっています。世界的に見ても転倒事故は社会問題となっており、世界保健機関(WHO)は、「転倒」が、世界で2番目に多い致命的な怪我の原因であると発表しています。たとえその転倒が致命的ではない場合でも、その影響は腰部骨折や頭部外傷といった、生活の質の低下を招く深刻な後遺症につながることも少なくありません。
キャシャヤーさんは、自らの高齢の家族の転倒事故をきっかけに、転倒事故によって生活の質が著しく変化してしまった高齢者が多く存在するということに気づきました。モントリオール大学で視覚認知や老化をテーマにした研究を行っていた時に、スタートアップのアイデアを着想したと話します。「転倒を防止するテクノロジーの重要性が今後高まっていくと確信しました。そしてそのテクノロジーは、高齢者の方々の生活に溶け込むような、シームレスなテクノロジーであるべきだと考えました。」
セージ・センティネルは、主に画像解析によるシステム、そしてウェアラブルデバイスのシステムを開発しています。画像解析によるシステムは、赤外線センサーとAIベースのソフトウェアによって高齢者の体の動きをリアルタイムで継続的に監視・分析することで、転倒が起きる3~5秒前にその可能性を予測します。一方でウェアラブルデバイスは、ベルトや腕にとりつけられる小さなデバイスで、転倒しそうな状況をセンサーが事前に感知し、音や振動で着用者に知らせます。「これらシステムは、視覚的、聴覚的、触覚的な警告を発信できるため、転倒の早期警告システムとして機能します。たった数秒の時差のように思えるかもしれませんが、この数秒が高齢者の寝たきりにつながるような転倒の防止において非常に重要なのです」とキャシャヤーさんは話します。
さらにこれらのシステムは、転倒を予知して知らせるだけでなく、転倒しそうな状況を自らが自覚し、転倒しないように予防できるトレーニングプログラムと連携させるといった活用方法も検討されています。
キャシャヤーさんたちの谷茶の丘.雅への訪問では、現場スタッフの方々に向けてもデモセッションが行われ、開発中のデバイスの実演が行われました。デモセッションに参加した谷茶の丘.雅の課長 金城修さんは、「従事者の視点だけでなく、全く別の視点から、転倒防止にむけた取り組みを考えていくことは非常に有意義なことです。これからの取り組みが、今はまだ気づいていない課題や解決策につながるかもしれません」と今後の期待を述べました。
セージ・センティネルは、近日中に谷茶の丘.雅における実証実験を予定しており、検証結果をもとに新しい製品開発につなげていきます。同社は、国内外のスタートアップ支援プログラムに採用されるなど、今後の成長が期待されます。