オキナワモズクの交雑育種や収穫量増に役立つPCR検査法の開発に成功
沖縄科学技術大学院大学(OIST)と沖縄県水産海洋技術センターの研究者らは共同で、褐藻オキナワモズクの養殖における課題解決につながり、交雑育種の助けとなりうる、9つの遺伝子を指標にしたPCR検査方法の開発に成功しました。この成果は本日6月9日に科学雑誌Phycological Researchにて発表されました。
オキナワモズク (学名: Cladosiphon okamuranus) は沖縄特産の海藻で、国内でよく食されています。毎年秋から始まるモズク養殖では、(1)種培養、(2)種付けと芽出し、(3)沖出し、という工程を経て、春先に(4)収穫、が行われます。1980年代から養殖されており、近年の生産量は15,000~20,000トン前後、生産額はおよそ20億円です。
しかし、モズクの養殖において、(1)芽が出ない、(2)網から剥がれ落ちる芽落ち、(3)地球温暖化等による海水温上昇などの影響による生育不順、という少なくとも3つの課題があり、必ずしも安定的なモズク類養殖は実現していません。
OISTマリンゲノミックスユニット研究員の西辻光希博士は次のように述べます。「2010年度には収穫量が例年の半分程度の8,000トンほどでした。これは冬の海水温が高くモズクが成長しなかったためと考えられています。気候変動により、冬に気温の高くなる年が増えていく可能性があります。そのため、モズク収穫量を維持するためには、高水温などの変化に対応できる新たなモズク品種を作る必要があります」
高水温耐性を持つ新たな品種を作ると同時に、研究では残り2つの課題解決にも取り組んでいます。芽が出ないモズクや網から剥がれ落ちたりすることによっても、収穫量が減少するためです。
モズク養殖では、動物や陸上植物よりも複雑で独特なライフサイクル*1が利用されています。ヒトや多くの動物は複相、つまり父由来と母由来の2セットの遺伝情報を持っています。動物は性成熟すると精子か卵という1セットの遺伝情報をもつ単相の生殖細胞を作り出し、この単相の精子と卵は受精により複相の胚となり、新たな個体が生まれます。
モズク養殖に使用できるのは藻体を作る複相だけですが、『種(たね)』にあたる盤状体は複相と単相の両方に存在します。
また高水温や芽落ちに対応する最も効果的な方法の1つが、異なる系統株同士を交配して新たな系統を作成する「交雑育種」です。交雑育種は陸上植物などで新品種を作成する際の一般的な方法です。しかし、オキナワモズクなどの海藻類では、花が咲かず雌雄判別が困難なことが原因となり、交雑育種を実現できていません。
「動物や植物の場合は、精子や卵、雄しべと雌しべを見た目で判別できます。しかし海藻類の場合、それらに相当する『配偶子』の雌雄は見た目では判断することができません。そこでDNA情報を利用することにしました。」 と西辻研究員は説明します。
2016年以降、西辻研究員らはオキナワモズク (伊平屋標準株 (S)、 勝連株 (K)、恩納株 (O)、知念株 (C) ) やその近縁種であるイトモズクのゲノム解読に成功しています。今回はそれらゲノム情報を最大限活用して、オキナワモズクの雌雄関連遺伝子を9つ同定することに成功しました。
研究者たちは9つの遺伝子に対する特異的プライマー*2(DNAマーカー)を作成し、盤状体を用いてPCRテストを行いました。すると5つの遺伝子は単相の雄、残り4つは単相の雌にしか存在していませんでした。一方、複相はこの9つの全ての遺伝子を持っていました。
西辻研究員は次のように説明します。「この手法により、雄と雌を判別することができるようになりました。現在はS株とO株、K株とO株の試験的な交雑に取り組んでいます。今後、高水温や芽落ちに対応できるモズク株が交雑により作成できる可能性が高いです。さらに、このDNAマーカーは他の海藻、ワカメやコンブにも応用できるのではないかと期待しています。現在はモズク株(オキナワモズクと異なるモズク)を判別する手法作成に取り組んでおり、これが実現すれば他の種でも交雑手法は確立されるでしょう。」
さらに、交雑育種に加えて開発したDNAマーカーは、上述した3つの課題のひとつである「芽が出ないモズク」を完全に解決できることも判明しました。
モズク養殖では、食用となる胞子体を作る複相の盤状体のみを用いる必要がありますが、単相の盤状体が混入してしまうと出芽する数が減少し、その結果、収穫量の低下につながると考えられています。この複相の盤状体は雌雄両方の遺伝子を持つため、今回開発したPCR検査を行うと9つすべての遺伝子が検出されました。
「モズク類の盤状体の形状は複相と単相の雄雌でほぼ同じため、養殖の際に頻繁に混入していました。今回のDNAマーカーにより、モズク養殖に適した複相の盤状体を、早く簡単、正確に確認できるようになりました。これは3つのモズク養殖の課題のうち、1つを完全に解決できることを意味します。残り2つの課題も交雑育種を進めて行くことにより、解決したいと考えています」と西辻研究員は話します。
今後OISTは、沖縄県水産海洋技術センターや恩納村漁協と協力し、DNAマーカーを用いた養殖試験を開始する予定です。西辻光希研究員は、海藻ゲノムの解読による研究によって沖縄県への貢献が評価され2019年度の沖縄研究奨励賞を受賞しています。
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