メビウス・カライドサイクル:多分野への応用が期待されるセンセーショナルな構造

基礎研究から合成化学、ロボット工学に至るまで応用の可能性を持つ、興味深い新たなリング状構造物をOIST研究チームが開発しました。

  科学、数学、アートが融合してできたものとして、カライドサイクルがあります。現代美術館で見られるような幾何学的な彫刻のようなオブジェのようなものでもあるのですが、私たちの想像力を真に掻き立ててくれるのは、その動きです。幾何学的な形状とヒンジから成り立っているこのリング状の構造物は、内側から外側に向かって連続的に裏返すことができ、花のつぼみが何度も繰り返し咲いている姿を連想させてくれます。この魅惑的なオブジェは、好奇心旺盛なエンジニアや数学者を含め、見る人すべてを惹きつけます。

  沖縄科学技術大学院大学(OIST)の研究チームはこの度、基礎研究、合成化学、さらにはロボット工学の分野を進展させる可能性を秘めるカライドサイクルの新型を開発しました。そしてこのオブジェに関する論文を2018年12月19日に全米科学アカデミー紀要に発表し、「メビウス・カライドサイクル」と名付けたのです。

  「従来型のカライドサイクルは6つの三角錐からできていて、ある一定の方法でしか動かすことができないので、そのような特徴を持つ他のリング状の似たようなオブジェを構築できないかと、挑戦してみることにしました」と、本論文の筆頭著者であり、OISTの数学力学と材料科学ユニッのポスドク研究員であるヨハネス・シュンケ博士はコメントしています。シュンケ博士はこの研究で、メビウス・カライドサイクルの動きを探索するためのインタラクティブな可視化ツールを設計しました。「タブレットでも簡単にリアルタイムで計算ができるのですから、計算システムにも容易に落とし込めるできるはずだと思いました」と、同博士は説明を続けます。

  「今回の研究は、運動学または幾何学運動として知られている領域に当てはまります。特定の材料特性に依存しないため、運動学的な研究成果は、広範囲に及ぶものとなるでしょう」と、同ユニットを主宰し、論文上席執筆者のエリオット・フリード教授は説明します。

 

OIST数学力学と材料科学ユニットのヨハネス・シュンケ博士とエリオット・フリード教授は、新型のカライドサイクルを開発しました。新しい構造物は、メビウスの帯として知られている有名な幾何学的オブジェにちなんでメビウス・カライドサイクルと名付けられました。内側から外側に向かって連続的に裏返すことができ、数学的にもユニークな特徴をもつ不思議なオブジェです。従来型のカライドサイクルは6つのヒンジで固定されていますが、今回開発されたメビウス・カライドサイクルは7つ以上のヒンジからなります。見た目にも美しいこのオブジェは、実は多くの分野への応用が期待されます。

数学と古代折り紙との接点

  平らな紙に正確に折り目を付け、のり付けをすることで、古典的なカライドサイクルを作製することができます。まず、6つの同じ三角錐が一列に繋がったものを作り、このチェーンの両端を繋げると、隣接するヒンジ間の角度は正確に90度となります。このような関係を正確に保つことで、従来型のカライドサイクルは、内側から外側にひっくり返す動きが可能になり、3回対称を持った構造物となります。

  似たようなカライドサイクルを、8つの三角錐で作ることができますが、問題がひとつあります。8つのピースからなるカライドサイクルは、単一の決まった動きで回転せず、様々な方向に動いてしまうのです。このように「自由度」が増すと、オブジェは不安定な動きになり、あまり応用できません。そこで、シュンケ博士とフリード教授は、古典的な単一自由度を保持したまま、7つ、8つ、9つ、またはそれ以上の同じ形状のピースを持つ新しいカライドサイクルを作ることは可能か、と考えました。  

  「するとすぐに、隣接するヒンジは直角でなければならないという考え方に囚われてはならないことに私たちは気づいたのです」と、シュンケ博士は語りました。

  数学、コンピュータ・シミュレーション、紙製と3Dプリンター製の両モデルを活用し、研究者らは、繋がる三角錐の合計数に応じて決定される特別な「ねじれの角」が、各カライドサイクルに存在していることに気づきました。ヒンジ間の角度が小さすぎると、三角錐のチェーンの両端を閉じたリングを形成することができません。一方で角度が大きすぎると、結果としてできたオブジェは、自由度が増し、這いまわる蛇のような動きとなります。

 

折り紙や3Dプリンターを使った材料を用いて、つなぎ目の数が異なる様々なメビウス・カライドサイクルをヨハネス・シュンケ博士とエリオット・フリード教授が作製した。

基礎研究と将来のイノベーションを可能に

  シュンケ博士とフリード教授は、メビウスの帯として知られている有名な幾何学的オブジェにちなんで、開発した構造物を「メビウス・カライドサイクル」と名付けました。誰でも、短冊状の紙片の一端を180度ひねり、もう一方の端に繋げれば、メビウスの帯を作れます。

  通常の、一つの紙片から作られ、表と裏の二つの面や上辺と下辺の二つの辺を持つ円形リングとは異なり、メビウスの帯には面も辺も一つしかありません。ちなみにメビウスの帯の中心線に沿ってなぞっていくと、指は帯の長辺をクロスすることもなく、スタートした時と反対の面の出発点に戻ります。メビウス・カライドサイクルも、これと同様のトポロジー性質を持っているため、「上辺」または「下辺」という概念は存在しません。また、メビウス・カライドサイクルは、540度ものねじれを含んだ帯状の形状であり、メビウスの輪と同様に、ひとつの辺と一つの面しか存在しないのです。

  その独特な特性のため、メビウス・カライドサイクルは多様な用途に応用できるかもしれないと期待されます。研究者らは、このオブジェが新たな撹拌機やエネルギー伝達装置、ロボットアームを設計する際の基礎につながり得る、と提案しています。またメビウス・カライドサイクルは、自力推進型潜水艦として機能するような設計によって、水のサンプル採取や、海洋生物の観察が可能になるかもしれません。また、新たな用途として、例えば宇宙船の傘やソーラーパネルを含め、その形状が変化することで機能するオブジェなど、複数を結合させることで展開型の装置も可能になるでしょう。

 

従来型のカライドサイクル(左)は、特定の動きしかできない。ヨハネス・シュンケ博士とエリオット・フリード教授は、他のつながり方をしたリング状構造物が、同様の特性を持つかどうかを研究し、結果として今回のメビウス・カライドサイクル(右)が完成した。

  「将来的には化学者が、メビウス・カライドサイクルに基づき、分子を合成することもできるかもしれません。分子スケールでは摩擦は無視できるので、このような構造の分子は永遠に回転する性質を得て、熱容量を極めて高く保てる可能性が高いのです」とシュンケ博士は語っています。

  実用的なアプリケーションに加え、メビウス・カライドサイクルは、機械工学、物理学、数学の基本原理について、説得力ある問いかけを提示しています。

  「様々な研究者たちが、これらの問いに答えることで、新たな境地が拓けるのではないかと期待しています。この研究によって私たちは、数学、芸術、建築学の重なる領域に踏み込んでいくことが可能になるのではないでしょうか。そのこと自体、非常に面白いと思います。」とフリード教授はコメントしています。

 

ヨハネス・シュンケ博士とエリオット・フリード教授は、7つ以上のヒンジを持つ新型のカライドサイクルを開発した。主要課題の1つは、7つ以上のピラミッド型のピース(左)をリング状に閉じる(右)には、どのような条件が満たされなければならないかを理解することだった。

 

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