脊椎動物門、新たな創設
私たちヒトを含む脊椎動物は、これまで脊索動物※1門の一員である亜門とされてきましたが、このたび最新の研究成果をもとに、新たに動物門として扱うことが沖縄科学技術大学院大学の佐藤矩行教授と東邦大学理学部の西川輝昭教授らによって提唱されました(図1)。本研究は動物の系統分類体系の教科書を書き改める成果として、この分野で権威のある学術論文誌 Proceedings of Royal Society B(英国王立協会紀要、シリーズB)電子版に9月17日付けで発表されました。
地球温暖化などの環境変化により、多種多様な生物の多くの生命が危機にさらされています。多くの生物との共存を計りつつどのように生きていくのかが、現在我々人間に課された大きな問題の一つですが、そのためには、どれだけ多様な生物がどのように暮らしているかを良く理解する必要があります。そのための方法が、18世紀にカール・フォン・リンネ※2によって創始された階層分類体系(注記1)です。系統分類学はこれを使って、生物の具体的な進化の筋道(系統)を類推した系統仮説をもとに、分類体系を作り上げますが、系統はあくまで仮説の形をとることから、それにもとづく分類体系は研究の発展に応じて変化していきます。本研究成果はその一翼を担ったものと言えます。
動物は紀元前から、背骨をもつ脊椎動物と背骨をもたない無脊椎動物に区別されてきました。しかし、チャールズ・ダーウィンが進化論を提唱した後の19世紀後半の動物分類学者による長い議論の結果、脊椎動物は、動物界を分類する上で一番上位の門とは認められず、ホヤなどの尾索動物、ナメクジウオの頭索動物と共に、脊索動物門の一員である亜門とされてきました(図2のa)。その後、脊索動物の起源と進化については、多くの研究と議論がなされてきましたが、脊索動物の分類体系については、1世紀以上この考え方が受け継がれてきました(注記2)。
沖縄科学技術大学院大学マリンゲノミックスユニットの佐藤矩行教授(専門は発生ゲノム科学、進化発生学)は、東邦大学理学部生物学科系統分類学研究室の西川輝昭教授(専門は動物系統分類学)らと共同で、この脊索動物の分類体系を、分子系統学、ゲノム科学、動物進化発生学の最近の研究成果をもとに、詳細かつ大胆に整理・統括し、これまでの分類体系を改め、脊索動物門を上門に、脊椎動物亜門、尾索動物亜門、頭索動物亜門をそれぞれ門に格上げすることを提唱しました(図2のb)。この考えは、近年広く認められている系統仮説を採用し、今回の論文著者3名が自ら行なってきた研究成果をもとに、整然とした分類体系を新たに提唱したものです。
新たな動物門の創設を裏付ける第一の根拠は、最近特に躍進した分子系統学的解析です。これまでの伝統的系統分類学の成果に加えて、最近の分子系統学的解析から、後口動物※3の中では、棘皮動物(ウニやヒトデ)と半索動物(ギボシムシ)が水腔動物群と呼ばれる一つの大きな仲間を作り、一方で、脊椎動物、尾索動物、頭索動物が脊索動物と呼ばれる大きな仲間を作ることが確実になってきました。前者の発生ではデプリュールラ幼生※4と呼ばれる幼生ができ、後者の発生ではオタマジャクシ幼生ができます。また、前者の成体は水腔という特徴を共有し、後者の成体は脊索と背側神経管を共有します。佐藤教授はこれまでの研究で、繊毛で泳ぐデプリュールラ幼生から、尾をビートさせておよぐオタマジャクシ幼生が生まれたことが、脊索動物の起源に大きく関わっているという考え方を提唱しています。このオタマジャクシ幼生の誕生にともなって、脊索動物を特徴づける脊索と背側神経管が発生したと考えられるからです(図1)。
最近の動物の分子系統学の最も大きな研究成果が、前口動物※5の新しい系統仮説です。これまでの体腔のでき方などに基づく古い系統仮説が否定され、脱皮という特徴をもつ節足動物門や、線形動物門をふくむ多数の門がひとつの仲間となることがわかり、これを総称して脱皮動物という名前がすでに提唱されています。しかし、分類階級は定められていません。これとは別に、発生様式や幼生の形が類似する環形動物門や軟体動物門をはじめとする多数の門がもうひとつの仲間としてまとまることがわかり、冠輪動物という名前が提唱されています。こちらも分類階級は定められていません(図2)。そこで、前口動物のこの脱皮動物、冠輪動物に相当するものが、後口動物では水腔動物、脊索動物と捉えればよいのではないかと、研究者たちは今回の新体系を考察しました。つまり、今回あらたに亜界とする左右相称動物はまず前口動物と後口動物に分けられ、前者は脱皮動物と冠輪動物、後者は水腔動物と脊索動物に分けられるわけですが、新体系では初めて、前口動物と後口動物をそれぞれ「下界」、そしてそれに含まれる上記4動物群をそれぞれ「上門」とランクづけました。これにより、動物界の系統に関する新しい仮説がより理解しやすい分類体系として整えられました。そして、従来の棘皮動物門、半索動物門、脊索動物門(脊椎動物亜門、尾索動物亜門、頭索動物亜門)はそれぞれ、水腔動物上門の棘皮動物門と半索動物門、そして脊索動物上門の脊椎動物門、尾索動物門、頭索動物門とするのが適切である、と結論づけられました。
第二の根拠は、門を特徴づけるユニークな特徴(形質)の存在です。動物は現在約34の門に大別されています。しかし、門としてのユニークな特徴を持ったものは、実はさほど多くありません。例えば、クラゲやヒドラ、サンゴなどの刺胞動物は全て刺胞を持っていることから、これらの動物を刺胞動物門として区別することができます。また、脊椎動物門、尾索動物門、頭索動物門はそれぞれ他には見られない特徴を有しています。我々脊椎動物はまさに背骨、それから中枢神経系としての脳、神経冠、獲得免疫系など、他の動物群には見られない特徴があります。また、尾索動物門は、動物で唯一セルロース※6を自ら合成できる能力を持っています。さらに、頭索動物門は脊索が筋肉性です。つまり、脊椎動物、尾索動物、頭索動物を門として扱うことは極めて自然な系統分類といえます。
本研究成果について佐藤教授は、「脊索動物内の新たな動物門の創設、特に脊椎動物門の創設はこれからの動物の進化や多様性を理解していく上で非常に重要なものです。こうした成果が日本から発信できたことを嬉しく、また誇りに思っています」と語りました。西川教授は、「近年の分子系統学的研究の急速な発展によって信頼できる系統仮説がつくられ、それによって動物界にいくつかの大きな区分が広く認められるようになりました。それらに今回初めて亜界、下界、上門という階級を与えることにより、動物界全体の見取り図・家系図である分類体系をわかりやすく整えることができたと思います。これが広く使われることを願っています」と話しています。
<注記>
- 階層分類体系:多種多様な生物を整理体系化するために考案された、種、属、科、目、綱、門、界の7つの基本階級に補助的階級を加え、高位になるにしたがって含まれる種が多くなる入れ子式の体系のこと。
- 脊索動物門:脊索動物門(脊椎動物亜門+尾索動物亜門+頭索動物亜門)という分類体系は、これらの動物が脊索と背側神経管という二つの特徴をもつことから強固に支持されてきました。英語で書かれた無脊椎動物学の代表的な教科書はほぼ全てこの体系を使っています。また、日本でも例えば「生物学辞典」(岩波書店)はこの体系です。日本の高校の教科書では、脊椎動物に関する記載を多くして、そのそえもの的に、脊索をもつが脊椎骨をもたない動物として、ホヤやナメクジウオを原索動物として紹介している例が多く見られます。しかし、原索動物という言葉は尾索動物+頭索動物に加えて、ギボシムシの半索動物を含む用語としても度々使われてきた歴史的経緯もありますし、なによりも、現在広く認められている系統仮説では、尾索動物と頭索動物をまとめて一群とすることは認められません。つまり、今回の新しい分類体系は、これらの問題も全て解決するものとして教育上も重要と言えます。
<用語解説>
- 脊索動物門:動物の分類群のひとつで、トカゲ、ヒトなど脊椎(背骨)をもつ動物である脊椎動物と、ナメクジウオなど頭索動物亜門、ホヤ類などの尾索動物(被嚢動物)亜門を含む群としてこれまで広く認められて来た。
- カール・フォン・リンネ(1707~1778年):スウェーデンの生物学者。リンネは自然物を整理して、1735年に動物・植物・鉱物の三界を扱った『自然の体系』(Systema Naturae 第1版)を出版し(第十版が動物の学名の起点となる)、世界で最初に生物の階層分類体系を提案した。
- 後口動物:原口またはその付近から肛門ができ,反対側の外胚葉が陥入して口ができる動物群。新口動物ともいう。
- ディプリュールラ(dipleurula):棘皮動物門と半索動物門ギボシムシ綱にみられる浮遊幼生で、原則として前、中、後の三つの体腔をつくることを特徴とする。
- 前口動物:動物のもう一つ大きな仲間で、環形動物門、軟体動物門、節足動物門他多数の門を含む。
- セルロース:植物細胞の細胞壁および繊維の主成分で、自然界で最大量の有機化合物のこと。