ねじれた足場: クライオ電子顕微鏡でポックスウイルスの構成要素が明らかに
本研究のポイント
- ポックスウイルス科のワクシニアウイルスが、D13と呼ばれる構成要素を用いてタンパク質の足場をどのように組み立てるかを明らかにした。
- 研究チームはクライオ電子顕微鏡を使って、D13が組み立てられた状態とバラバラになった状態の3D画像を高い解像度で撮影した。
- D13タンパク質が相互作用するには、小さならせん構造が移動する必要があることを発見した。
- らせん構造を取り除いたり、変えたりすると、溶液中のD13タンパク質が円筒状や球状の構造を形成することができた。
- 研究チームは、D13タンパク質が相互作用する様式が少なくとも2つあり、その両方があることで球状や円筒状の足場のような構造を形成できることを発見した。
- この研究成果から、ポックスウイルスの足場が形成を阻害することでウイルスによる疾患を治療する薬剤が開発できるようになる可能性を示した。
プレスリリース
沖縄科学技術大学院大学(OIST)の研究チームは、ポックスウイルスが成熟するまでの過程において、一時的に形成して消失するタンパク質の被膜である足場をどのようにして作るかを明らかにしました。
本日Nature Communications誌で発表された本研究では、D13と呼ばれるタンパク質の構造体を原子レベルに近い分解能で明らかにし、これらが集まって足場のような構造を形成することを発見しました。
OISTの生体分子電子顕微鏡解析ユニットの元スタッフサイエンティストで、現在は韓国の釜山大学校で助教授を務めるヒュン・ジェイキョン博士は、次のように述べています。「D13は研究対象として重要なものです。なぜなら、足場がどのように組み立てられるかが分かれば、それを阻止する新薬が設計でき、足場ができなければ、ウイルスは複製を止めるからです。」
D13は、3本の同じタンパク質鎖から形成される三量体タンパク質で、合成されると、ワクシニアウイルスの足場を構成する要素となります。ワクシニアウイルスは、天然痘ワクチンとして研究によって開発された無害のウイルス株で、現在すべてのポックスウイルスのモデルとして研究に使用されています。
生体分子電子顕微鏡解析ユニットを率いるマティアス・ウォルフ教授は、次のように述べています。「天然痘はポックスウイルスが引き起こす疾患の中で最も有名で致命的なものであり、感染者の3人に1人を死に至らしめます。天然痘は自然界では根絶されていますが、生物兵器として利用される恐れもあります。また、その他の多くのポックスウイルスは、今でも感染する人や家畜がいるため、これらのウイルスがどのように複製するかの研究を進めることは非常に重要です。」
未成熟なポックスウイルスに見られる足場は、ウイルスに通常見られるタンパク質の被膜とは構造が異なるため、科学者たちは特別な関心を抱いています。
ほとんどのウイルスは規則的で左右対称な構造をしていますが、ポックスウイルスの足場は球状に近いハニカム(はちの巣)格子を持ち、各ウイルス粒子は異なる形状をしています。
これらの構成要素から球状のハニカム格子がどのようにしてでき上がるのかを調べるため、研究チームは、液体窒素中で凍結した試料を電子線で調べるクライオ電子顕微鏡法を使用して、単一のD13タンパク質三量体と、連結した2つのD13タンパク質三量体の3次元画像をこれまでにない高解像度で再構成しました。
その結果、2つのタンパク質は三量体の軸の間でわずかにねじれながら結合し、それによって球状を形成する鍵となる曲線が生み出されていることを発見しました。しかし、研究チームがコンピューターモデリングでこの相互作用を複数のD13タンパク質に応用してみたところ、うまく結合されませんでした。
「このことから、この2つのタンパク質には少なくとももう1つの相互作用の様式があるはずだと考えました」とヒュン助教授は述べています。
さらに、1本のD13タンパク質と2本の結合したD13タンパク質を比較したところ、タンパク質鎖の末端にある小さならせん構造が移動していることを発見しました。それまでは、このらせん構造は2つのタンパク質の相互作用が起きるポケットの奥深くに埋もれていたため、2つのタンパク質が結合するためには、このらせん構造の移動が重要な意味を持つことが示唆されました。
研究チームはらせん構造の役割をさらに調べるため、D13タンパク質を改変し、溶液中で自己組織化する様子をクライオ電子顕微鏡で観察しました。
らせん構造にタンパク質精製のための特定の配列を加えると、タンパク質は未熟なポックスウイルスの足場と同じような球状構造を形成しました。さらに、らせん構造を完全に取り除くと、円筒状の管が形成されたことに、研究チームは驚きました。
研究チームは、クライオ電子顕微鏡を用いて、この円筒の高解像度画像を捉え、ハニカム構造の画像を拡大することに成功しました。二量体のもうひとつの相互作用のしかたを特定し、2つの相互作用パターンを交互に替えてモデル化すると、D13タンパク質が組み合わさって、六角形のはちの巣形を形成することを発見しました。
タンパク質のどちらの相互作用も小さならせん構造が移動することで起き、正と負に帯電したアミノ酸同士が引き合うことによってタンパク質が結合しました。
研究チームは、ポックスウイルスの足場が形成されるには、らせん構造が移動することが必須条件であり、この移動が足場の組み立てを開始させるトリガーとなっている可能性が高いことを提唱しました。
ウォルフ教授は次のように説明しています。「細胞内でポックスウイルスが複製されるとき、脂質膜に伴って足場が形成されます。らせん構造は疎水性であるため、水のない環境を求めて脂質膜に向かって移動し、それによってポケットに空きができます。そしてその空いたポケットの中でD13タンパク質の相互作用が起きるのです。」
足場の形成においてらせん構造が果たす役割を発見したことは、抗ウイルス薬研究の新しく有望なアプローチとなる可能性があると、ヒュン助教授は強調します。
「らせん構造が通常存在しているポケットの中で強く結合する薬物を設計できれば、足場の形成が阻害されることになります。これが、私の次の目標の一つです。」
発表論文詳細
論文タイトル:Assembly mechanism of the pleomorphic immature poxvirus scaffold
発表先:Nature Communications
論文著者:Jaekyung Hyun, Hideyuki Matsunami, Tae Gyun Kim, and Matthias Wolf
発表日:2022年3月31日
DOI: 10.1038/s41467-022-29305-5.