太陽系科学捜査班誕生!?砂場の実験で月クレーター形成の秘密に迫る
沖縄科学技術大学院大学(OIST)の研究チームは、隕石などの衝突現象を実験により再現することで、惑星や衛星に見られる衝突クレーターの「光条」がどのように形成されるかを明らかにしました。これにより、クレーターを形成した隕石の大きさを計算することができ、太陽系形成論などの諸研究に役立つ可能性があります。本成果は、米国物理学会発行の学術誌 Physical Review Letters に6月27日に発表されました。
<研究の背景と経緯>
空を見上げると何が見えますか。青い空、雲、月や星でしょうか。一見、静かに見える空ですが、実は常に何かが降り落ちています。私たちの地球には毎日、100トンあまりの物質が宇宙から絶え間なく降り注いでいるのですが、その大半は塵や砂のような粒子状態で、上層大気の中で燃えつきてしまいます。ただ、ごくまれに、大気圏突入の高熱をかいくぐって地表に激突するような大きな物体も降ってきます。
宇宙での長い旅の果てに地表に激突するこうした岩、つまり隕石の多くは、ほとんどの場合、地面に凹みすら作らないほど小さいものです。しかし、さらに大きな岩石が降ってくると、衝突クレーターというお碗形の地形が残ります。有名なのは、アリゾナ州にある約5万年前に形成されたバリンジャー・クレーター(バリンジャー隕石孔)で、直径約1.2km、深さ約170mもあります。科学者たちは地球だけではなく、水星、金星、火星、月、木星や土星の衛星など、他の惑星や衛星にもたくさんある衝突クレーターを観察してきました。
これらのクレーターには科学者たちを何十年にもわたって当惑させてきた一つの特徴があります。隕石が地表に衝突すると、そのエネルギーによって地面が粉状の噴射物となり、円すい状に上空に飛び散ります。この噴出物がクレーターの周りに落ちてくるのですが、この時、一部の噴出物は車輪のスポークのように放射線状にクレーターの中心から外へと伸びる「光条」と呼ばれる線を形成します。どのような時にこの光条が形成されるのかがこれまでは謎だったのです。
OISTの研究チームは、隕石などの衝突現象を実験により再現することで、この不思議な形をしたクレーターの光条がどのように形成されるかを明らかにしました。
OISTの流体力学ユニットを率いるピナキ・チャクラボルティー准教授は、「本物の隕石を使って実物のクレーターを作るのは不可能ですが、似たような状況を実験で再現することは可能です。」と語ります。そして、重金属製のボールを砂床に投下して砂を飛散させ、クレーターの周りに粉体層を形成する単純な実験を繰り返し行ったのです。「ただし、問題がありました。この実験を始めてみると、クレーターの光条を形成できなかったのです。」
ところが、意外なところに問題解決の糸口は見つかるものです。
<研究内容>
OIST連続体物理学研究ユニットのタパン・サブワラ博士はある日、YouTubeで子どもたちが行うボール落下実験を見ていました。その時に光条形成の謎を解く最初の手がかりを見つけたのです。「この手の実験は科学の授業などで人気があるものですが、彼らの実験のいくつかでクレーター光条が作り出されていることに気づいたのです!」と、同博士はふりかえります。
果たして大学の研究者の実験と子どもたちの実験の確たる違いは何だったのでしょう。それは言ってみれば「乱雑さ」でした。通常、研究者らがボール落下実験を行う際は砂床の表面を均一にならしますが、動画の学生たちはその手順を踏まずに実験を行っていました。それに気づいたサブワラ博士は、学生たちと同様に不均一な表面にボール落下実験を行ってみました。すると小さな隕石、すなわち金属ボールが見事にクレーター光条を作り出したのです。「それはもう、『目から鱗』の瞬間でした」と、同博士は述べています。
しかし、不均一な平面がなぜクレーター光条を形成するのかを理解するためには、さらなる実験を必要としました。研究チームは、今度はいくつもの六角形が規則的に刻印された砂床の上で、再び実験を行ったのです。すると衝突時にボールの端に触れた六角形と六角形の間の溝のすべてから光条が形成されたことが確認できました。それを基に、今度はチャクラボルティー准教授主宰の流体力学ユニットのクリスチャン・ブッチャー技術員が、さまざまな変数を用いた実験を繰り返しました。「ボールの大きさ、溝と溝の間の距離、ボールの落下高度、砂床の粒子などを変えてみました」と、ブッチャー氏は振り返ります。こうした実験により、砂の飛散により形成された光条の数を左右する唯一の変数は、ボールの大きさと溝と溝の間の距離ということが判明しました。
さらに研究チームは、クレーター光条が形成されるメカニズムをより詳しく調べるべく、コンピュータによるシミュレーションも活用しました。チャクラボルティー准教授は次のように述べています。「落下したボールはまず砂床に衝撃波を発生させます。そしてこの衝撃波により溝から噴出した砂粒が放射状の線上に沿うことにより、光条が形成されるのです。」
<今回の研究のインパクトと今後の展開>
この理論モデルには画期的な意義があります。それは、衝突によって粉々に消えてしまった隕石そのものについてもこのモデルで調べられるということが判明したのです。クレーター周囲に形成された光条の数を調べれば、衝突した隕石の直径を計算することが可能となります。
チャクラボルティー准教授は次のように述べています。「このモデルにより、光条があるクレーターであればほぼ例外なく、それらがどのように形成されたかを知ることができます。」
砂の上にボールを落とすという単純な実験から、研究チームは太陽系のめまぐるしい成り立ちの歴史すらも調べることができる「太陽系科学捜査班」なるものを発足させたといえます!本成果は、現在サバティカル(研究休暇)でOISTに短期滞在中の、ウェスタンオンタリオ大学の物理学者、John de Bruyn教授の関心を大いに惹くもので、同教授は次のように述べています。「素晴らしい研究成果です。長い間多くの科学者が不思議に思っていたクレーター光条の形成について、極めて簡潔かつ理にかなった説明をもたらすもので、光条を調べればそれを形成したものが何であるか多くの情報が得られることが分かりました。」
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タイトル画像クレジット: Gregory H. Revera
研究ユニット
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