OCNCの記念すべき20周年と未来への挑戦
世界中から参加者が集まる沖縄科学技術大学院大学(OIST)主催のサマースクール「OIST計算神経科学コース(OCNC)」は今年20周年を迎えました。本コースは、2012年のOIST開学よりも前の2004年に第1回目が開催されています。
「沖縄科学技術基盤整備機構長のシドニー・ブレナー教授から計算神経科学の国際サマースクールの開催を依頼されたのは、沖縄で研究を始めたばかりの時でした。新しいサマースクールを国際的な規模で開催できる機会にわくわくしました」と、OISTの神経計算ユニットを率い、第1回目のOCNCの企画を主導した銅谷賢治教授は当時を振り返ります。
第1回のOCNCは、「Bayesian Brain(ベイズ脳)」をテーマに、OISTを推進する内閣府の潤沢な支援を受け万国津梁館で開催されました。ベイズ統計学を用いた神経データの解析や脳機能のモデリングに関して第一線で活躍する研究者と意欲ある学生たちが一堂に会したことは非常に実り多く、2006年にはマサチューセッツ工科大学出版局(MIT Press)より同名の書籍が出版されています。「当初は1回限りとして計画されていたコースでが、これは毎年開催すべきと思い、こうして20年続けることができたのは感慨無量です」と銅谷教授は語ります。
2006年には、OISTの会議施設シーサイドハウスで開催されるようになりOCNCは新たな節目を迎えました。同年、後にOISTの計算脳科学ユニットを率いることになるエリック・デシュッター教授が講師として招かれました。「サマーコースの最中に、エリックが私のところに来て、シドニー・ブレナー博士に紹介してほしいと頼まれたのです」と、銅谷教授は振り返ります。
2006年当時、OISTは立ち上げ間もない研究機関でしたが、デシュッター教授はすでにその存在を知っており、参加の機会をうかがっていました。「私はOCNCに十分な準備をして臨みました」とデシュッター教授は言います。その1年後、デシュッター教授はアントワープ大学の終身ポジションを保留にして、OISTのファカルティとなりました。それと同時に、OCNCの運営チームの一員となり、学生主導のプロジェクトを重視するという新たな要素も取り入れました。
学生たちは応募の際、3週間のコース中に集中的に取り組むプロジェクトを提案します。このプロジェクトワークはコースの中心的な要素で、参加者は計算神経科学の実践的な経験を積むことができ、各自が選んだトピックについて深く学び各自の研究に生かすことができます。。プロジェクトワークは、主催者の誇りであるだけでなく、OISTのサマースクールをこの分野で際立たせるものでもあります。「私の知る限り、学生主導のプロジェクトにこれほど重点を置いている計算神経科学のサマースクールは、OCNC以外にありません」とデシュッター教授は付け加えます。
2024年のプログラムには、定員20人に対し、約200件の応募がありました。選考プロセスは、コースに最もふさわしい候補者を選ぶために、2段階に分かれています。まず匿名化された書類をもとに、研究内容とプロジェクト提案を評価します。この最初の候補者リストから、なるべく幅広く機会を提供するため、分野や出身国、性別など、その他の基準に照らして最終参加者を決定します。
参加者が有意義な時間を過ごせるよう、沖縄滞在中には万全のサポートが提供されます。計算脳科学ユニットのリサーチユニットアドミニストレーターの奈良井千依さんは、サマースクールの円滑な運営を支えています。「ほとんどの参加者は沖縄を訪問するのは初めてなので、滞在中は常時サポートできるよう心掛けています。例えば、地元の食べ物を紹介したり、体調を崩した参加者は病院に連れて行ったり、と支援の方法は様々です」と奈良井さんは話します。
世界中から集まった同じ分野の研究者たちとの交流を楽しんだ参加者たちからは、たくさんの感謝の言葉が寄せられます。「世界中から集まった様々な人々と出会えるのは素晴らしいです。OCNCは、とても良いネットワーキングの場でもあります」と、今年の参加者の一人は話します。
沖縄で築かれた絆は、その後のキャリアにわたって長く続くこともあります。フランスのパリ高等師範学校(ENS、エコール・ノルマル・シュペリウール)のAlex Cayco-Gajic准教授は、最初は2012年にOCNCに参加しました。当時、博士課程で応用数学を学ぶ学生だったCayco-Gajic准教授は、OCNCを含む計算神経科学の主要なサマースクールすべてに応募していたと言います。
Cayco-Gajic准教授は、OCNCに参加したことで、神経科学の分野でさらにキャリアを積む機会が得られました。「実験系の神経科学者と実際に話す機会はこれが初めてでした」とCayco-Gajic准教授は言います。それから12年後、Cayco-Gajic准教授は、実験神経科学者による大規模な神経細胞記録から、脳のプロセスをより深く理解できるように情報を抽出する統計的手法に取り組んでいます。
OCNCの20周年を記念して、Cayco-Gajic准教授は、新しいツールが計算神経科学の分野にどれほど急速な変化をもたらしてきたかを振り返りました。Cayco-Gajic准教授がキャリアをスタートさせた当時は、機械学習はまだ神経科学で一般的なツールではありませんでしたが、特にここ10年で、この手法は神経科学研究に欠かせないものとなりました。「この発展を目の当たりにできたことは、とても刺激的でした。自分の研究分野で、自分の生きている間にこれほど大きな変化が起こるとは思ってもみませんでした」とCayco-Gajic准教授は語ります。
データの分析方法だけでなく、実験科学の可能性も大きく変化しました。最新技術により、行動中の動物の脳から数十万ものニューロンの活動を測定することが可能になりました。科学者たちがこうした新たな可能性を手に入れたことは、今年のOCNCコースにも反映されており、多くのプロジェクトで行動中の神経データが使用されました。
この20周年という節目は、これまでを振り返ると同時に、今後のOCNCの方向性を考える機会でもあります。「今後は、計算神経科学の基礎を引き続き学んでもらうとともに、新しい理論や技術を学生たちに紹介していきたいと考えています。ま個々の細胞ごと遺伝子発現やシナプス結合のデータなど、より大規模なデータも利用可能になりつつあります。こうした膨大なデータセットから新たな発見を行うための手法を編み出すことは、計算神経科学における大きなチャレンジです」と銅谷教授は述べています。
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