完璧なハーモニー:OIST10周年記念コンサートで科学と音楽が融合
音楽と科学は、一見まったく関係がないように思われます。科学は冷静で論理的な思考と分析を行うもので、音楽や芸術は感情や創造力から生まれるものであると考える人もいるでしょう。しかし、この2つの分野に関連があると考える人も多くいます。天才科学者のアインシュタインは、熱心なヴァイオリン奏者でもありました。また、伝説のロックバンド クイーンのリードギタリストであるブライアン・メイ氏は、天体物理学の博士号を持っていることでも知られています。
OIST学長兼理事長のピーター・グルース博士は、5月21日(土)に開催された、OIST設立10周年を記念するコンサートの開会の挨拶で、次のように述べました。「芸術も科学も、自然や社会で起こる現象の類似点や相違点を理解し、分析し、解釈して、新たな世界観を構築するうえで、極めて重要な役割を果たします。並外れたことを成し遂げるためには、芸術家も科学者も、慣れ親しんだ土地から航海に出て、新たな未踏の地を目指す必要があります。そして、どちらも勤勉さと自制心を必要とします。しかし、それ以上に強調したいことは、どちらにも創造性と独創性が不可欠であるということです。」
沖縄科学技術大学院大学(OIST)は、設立から10年にわたって世界をリードする科学研究を行い、その成果を発表・共有してきました。そして次の10年に向けて、文化的においても、これまで以上に地域社会に対して大きなインパクトとインスピレーションを与え、つながりを深めるために、科学を芸術と融合させることが重要であると考えています。
グルース学長は、音楽について、「最も普遍的な表現方法の一つであり、それが全人類にもたらす恩恵は非常に大きく、他のものでは置き換えることができない」と強調しました。
この日開催したコンサートは、OIST財団の協力を得て非常に珍しいコンサートとなりました。一人の演奏家が、300年以上前に製作された5,000万米ドル相当の貴重なヴァイオリン4挺を順番に使用して独奏を行うという、史上初の試みが行われたのです。
4挺のヴァイオリンのうちの3挺は、著名なヴァイオリン製作者のアントニオ・ストラディヴァリによって製作されたもので、株式会社日本ヴァイオリン様より提供されました。4挺目はストラディヴァリに並ぶ名工グァルネリ・デル・ジェスによる作品で、東京美容外科の麻生泰様より提供を受けました。
ヴァイオリン演奏は、ニューヨークを拠点に活躍し、高い評価を得ているヴァイオリニストで、OIST財団音楽親善大使およびOIST名誉音楽監督を務める加野景子氏によって行われました。加野氏のOISTとの関係は、2019年11月にOIST財団設立イベントで演奏したことがきっかけです。
加野氏は、次のように述べています。「誰もやったことのないことをやらせてもらって、本当に感謝しています。とてもワクワクしたのと同時に、難しくもありました。ヴァイオリンにはそれぞれ個性があるので、関係を築き、使いこなすには時間がかかります。」
コンサートでは、5年来のデュオパートナーであり、チェンバロ奏者、ピアニスト、作曲家として有名なカレン・ハコビアン氏の他に、東京の著名な演奏者や、琉球交響楽団の演奏者も共演しました。
このような高価な楽器で演奏するのに相応しい曲を選ぶとなると、頭を悩ませる演奏家もいることでしょう。しかし、加野氏にとっては、選曲は簡単でした。
「『自然に還る』というテーマで曲を選びたいと思いました。なぜなら、自然は音楽と科学の母 だからです。一旦そのテーマが決まると、頭に浮かんだのは1曲だけでした」と加野氏は述べています。
選んだのは、バロック時代を代表する作曲家、アントニオ・ヴィヴァルディの代表作『四季』でした。
加野氏は、春、夏、秋、冬を表現する4つの協奏曲を、それぞれ異なるヴァイオリンで演奏しました。『春』の演奏には、以前、加野氏が国際コンクールで優勝したときに貸与を受けた「旧友」である「レインヴィル」を選びました。このモデルは、ストラディヴァリの「挑戦期」といわれる1697年に製作されたものです。『夏』には、デル・ジェス黄金期の1739年に製作された「ベア・シュタインハート」を、『秋』の協奏曲には、ストラディヴァリ黄金期後半の1724年に製作され、フォーカスされた音色が特徴の「ex-カヴァコス」を選びました。そして、『冬』は、加野氏のお気に入りである1732年製のストラディヴァリウスで、赤いニスが良い状態で残っていることから名付けられた「レッドダイヤモンド」で演奏を行いました。
ヴィヴァルディの『四季』は、雷鳴、鳥の声、狩猟、雪中滑走など、明確な物語性を持った初めての楽曲であり、当時としては革新的なものでした。また、ヴィヴァルディ自身が書いたとされる、各協奏曲に添えられたソネットも、情景を強く喚起します。
今回のコンサートでは、楽曲が表現する世界をより理解しやすくするため、楽譜に描かれた自然の情景描写が、舞台にリアルタイムで表示されました。
「通常、このような描写は、演奏者だけが目にするもので、観客の目に触れることはありません。けれども、誰もがクラシック音楽に親しんでいるわけではありませんので、すべての人に親しんでもらえるようにしたいと考えました」と加野氏は説明しています。
音楽をより親しみやすくすることは、加野氏がOIST名誉音楽監督として目標に掲げるビジョンの一つです。
加野氏は、次のように述べています。「OISTでの私の役割は、音楽の力で大学と地域社会の人々をつなぐことです。そして、クラシック音楽と科学を取り囲む障壁を取り除きたいと思います。科学もクラシック音楽も、高い塔の上にあると思われがちです。科学は頭のいい人だけがやるもので、ヴァイオリンを習うのにはお金がかかりすぎると思われています。子どもたちにコンサートに触れる機会を与えることで、好奇心を持ちワクワクしてもらい、遠い存在ではなく、もっと身近に起こる奇跡として捉えられるようにしたいと考えています。」
この目標に向けた第一歩として、OIST財団はRyuji Ueno Foundationからの寛大なご寄付と、加野景子氏と調律師の高木裕氏の協力を得て、スタインウェイ「黄金期」の1927年に製作されたスタインウェイピアノをOISTに寄贈しました。この世界レベルの楽器は、OISTに一流演奏家を惹きつけ、音楽でOISTと地域社会を結びつける取り組みの根幹を担うものとなります。
加野氏は今後、沖縄の音楽家との交流も深めていきたいと考えています。
「沖縄の音楽は非常にユニークで、クラシック音楽で使われる音階とは異なりますが、ヴァイオリンを弾くのに必要なことや、三線奏者に必要なことなど、お互いに学べることがあるはずです。沖縄の音楽の歴史や、人々にとってその音楽がどのような意味を持つのかを知りたいです。嬉しいときや悲しいとき、喜びや苦しみを感じるとき、沖縄の人々はどんな音楽を奏でるのか。音楽はいつの時代も人間の感情のはけ口として存在してきたものですから。」
加野氏はまた、こうした取り組みは短期的なものではなく、長期的に継続する必要があることを強調しています。
「私たちは今、種まきをしているところです。その種に水をやり、実を結ぶまで見守る必要があります。3年後、5年後、10年後には、その効果を実感できればと思います。」
###
加野氏は、7月30日に東京オペラシティ リサイタルホールにて音楽と科学をテーマにしたコンサートを開催する予定です。脳と音楽を研究する東京大学特任助教授の大黒達也氏と共演します。コンサートの収益は、OIST財団の今後の活動に充てられます。