環境に優しい方法で、イカの卵を新種の寄生虫から守る

「イカ殺し」の新種の寄生性カイアシ類を発見、命名し、その駆除方法の開発まで成功しました。

Oval squids with egg clutches in the experimental tanks at the OIST Marine Science Station.

イカを水槽で飼育することは、研究者たちが何十年も取り組んできた挑戦ですが、有意義な成功を収めることはできていません。イカは水流の変化に非常に敏感で、病気に弱く、ライフサイクルや餌の嗜好も複雑で、互いに攻撃的になること もあるなど、飼育を困難にする様々な要因があります。その一方で、乱獲や気候変動によって野生のイカは激減しており、日本では、1980 年代と比較して野生のイカの個体数がわずか 1 割程度にまで減少していると推定されています。このような状況の中、沖縄科学技術大学院大学(OIST)の研究チームは、2022 年に世界で初めて研究用の実用的なイカ飼育システムを構築することに成功しました。これにより、連続して 10世代のわたるイカの飼育に成功し、この分野では他に類を見ない成果を上げました。

そして今回、イカにとっての重大な脅威が発見され、その除去に成功しました。OISTの研究チームはこのほど、水槽内のイカの卵の大部分を死滅に追いやっていた新種の寄生性カイアシ類という寄生虫を発見し、その環境に優しい駆除法を開発しました。この研究成果は、学術誌『Scientific Reports(サイエンティフィック・リポーツ)』に掲載されました。OISTのジョナサン・ミラー教授率いる物理生物学ユニットのズデニェク・ライブネル博士は、「病気の管理は飼育で最も重要な側面です。そして、イカの健康に対する深刻な脅威を取り除くことができたことをうれしく思います」と話します。ライブネル博士は、OISTにおけるイカの飼育プログラムの立ち上げにおいて重要な役割を担いました。

“殺し屋”の正体を暴く

前例のない新しい研究用イカ飼育システムの開発には多くの課題がありましたが、絶え間ない改良努力にもかかわらず、ある問題が解決されずにいました。「イカの卵は約7割しか孵化せず、孵化しても稚イカは損傷や感染症で1~3日以内に死んでしまうことが多かったのです」とライブネル博士は振り返ります。水生動物衛生学に精通するメメット・アリフ・ゾラル博士がチームの一員として加わるまで、その原因はつかめないままでした。しかし、「イカの卵塊にカイアシ類が寄生し、卵を食べているのを発見したのです。」

Electron microscope image showing the frontal view of a female Ikanecator primus
寄生性カイアシ類Ikanecator primusのメスを正面から撮影した電子顕微鏡画像。画像提供:ゾラル他, 2024年
寄生性カイアシ類Ikanecator primusのメスを正面から撮影した電子顕微鏡画像。画像提供:ゾラル他, 2024年

甲殻類の一種であるカイアシ類は、海洋で自由に生活するもの、他の種と共生関係を結ぶもの、他の海洋生物に寄生するものなど、様々な生態があります。今回、実験施設で発見された寄生性カイアシ類であるIkanecator primusは、日本語のイカから取った「Ika」と、「殺し屋」を意味するラテン語の「necator」を組み合わせて命名されました。(チームは和名として、イカの卵を殺す意味で「イカタマゴロシ」を提案しています。)このカイアシ類はイカの卵に寄生し、様々な酵素を使って卵を噛み砕きます。たとえ卵が生き残ったとしても、稚イカが卵から出るときにまとわりつき、さらにダメージを与えることも観察されています。それに加え、イカが細菌感染を起こしやすくなり、研究チームはこれもカイアシ類が何らかの影響を与えているのではないかと考えています。

「カイアシ類は非常に多産です。メス1匹が産む卵の数は50~60個で、これらの卵は3週間以内に孵化します。イカの平均孵化期間は1か月ですから、イカの卵1個につき、何百匹ものカイアシ類がいることになります」とゾラル博士は説明します。水槽で飼育されているイカの卵は、互いに近接しているため、このような侵入に対して特に脆弱(ぜいじゃく)ですが、このカイアシ類は野生のイカの卵からも見つかっています。

イカの卵に寄生するカイアシ類の顕微鏡映像。映像提供:メメット・アリフ・ゾラル(OIST)
イカの卵に寄生するカイアシ類の顕微鏡映像。映像提供:メメット・アリフ・ゾラル(OIST)

共同戦線を張る

研究チームは、カイアシ類の外見や行動を注意深く観察するだけでなく、孵化した稚イカを救うことにも取り組みました。魚の養殖から獣医学、食品加工まで、様々な産業で広く使われている過酢酸(PAA)に助けを見出しました。「様々な過酢酸の溶液を試して、2分以内に寄生虫を100%殺し、イカやその子孫には全く影響を与えないものを見つけました」とゾラル博士は説明します。「過酢酸は、現在日本で使用されている次亜塩素酸塩やホウ酸のような、環境へのダメージが大きい処理剤とは異なり、完全に生分解されます」とライブネル博士は付け加えます。

カイアシ類の発見と環境に優しい駆除剤の開発は、各専門分野を超えた協力、そしてOISTと地元漁業者との共同努力により成功しました。ゾラル博士は、「水産学、獣医学、基礎分子生物学という3分野を組み合わせて、この発見と駆除方法が実現しました」と話します。共著者のルツィア・ジフチャコヴァ博士は、「私たちは最新のシーケンシング技術を利用して、カイアシ類の酵素組成を解明し、カイアシ類が頭足類の卵を破壊するために使用する特定の酵素を同定することに成功しました」と話します。イカの飼育やカイアシ類の同定・新種記載には、OISTコアファシリティが大きな助けとなりました。また、チームは、地元の恩納村漁業協同組合とも協力関係にあり、名護市漁業協同組合からも東シナ海で獲れた天然のイカとその卵を提供してもらうなど、研究を通じて多大な支援をいただきました。「私たちは、世界中の頭足類の飼育システムに貢献したいと考えています。イカは神経科学で研究されることが多く、実験で用いるイカの健康維持は研究者の最大の関心事です」とゾラル博士は話します。

研究チームは現在、PAA溶液に関する特許を出願中で、今後の研究を通じて、この駆除法が頭足類の種を問わず、また様々な異なる寄生虫に対しても有効であることを示したいと考えています。「完璧な飼育方法が確立することはありません。常に新しい病気やその他の合併症の研究や治療が必要だからです」とライブネル博士はまとめます。「しかし、このような病気管理の進歩により、飼育しているイカの健康が改善されることは喜ばしいことです。」  

OISTマリン・サイエンス・ステーションの実験水槽内で泳ぐ生後3か月の健康なアオリイカの稚イカ。これらのイカの母親と卵は過酢酸溶液に浸され、カイアシ類のいない環境で稚イカは生まれた。映像提供:メメット・アリフ・ゾラル(OIST)
OISTマリン・サイエンス・ステーションの実験水槽内で泳ぐ生後3か月の健康なアオリイカの稚イカ。これらのイカの母親と卵は過酢酸溶液に浸され、カイアシ類のいない環境で稚イカは生まれた。映像提供:メメット・アリフ・ゾラル(OIST)

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