ADHDの子どもを持つ保護者の支援に注力

日本人の母親の心の健康を支えADHDに特化した育児スキル向上を応援する新しいプログラムの有効性が確認されました。

Illustrations from the Well Parent Japan parenting training program

注意欠如多動症(ADHD)は、年齢の発達水準に比べてより頻繁に強い程度の不注意、衝動性、多動性を特徴とし、広く一般的に見られる神経発達障害で、学業や社会的活動に支障をきたす可能性があります。ADHDはまた、育児ストレスの増加、効果的な育児実践の低下と関連しており、親子関係を悪化させる可能性があります。ADHDの子どもを持つ親を支援することの重要性は日本でも広く認識されていますが、ADHDの子を持つ親を対象としたより専門性の高いペアレント・トレーニングプログラムはこれまでありませんでした。  

沖縄科学技術大学院大学(OIST)で開発された新しいプログラムは、母親が自身の子どものADHDの特性を理解し、それに応じた効果的な育児スキルを向上させ、自分らしい子育てに自信を持つことで、家族の負担を軽減することを目的としています。OISTの発達神経生物学ユニットの研究者である島袋静香博士は、「ウェル・ペアレント・ジャパン(Well Parent Japan:WPJ)」の開発と評価に取り組んできました。同プログラムは13週間のグループ形式の育児トレーニングプログラムで、母親の心理的ウェルビーイングを高め、日本の文化的な子育てにADHD に効果的な育児スキルを適応させながら良い方法を見つけていくことに重点を置いており、長年取り組んできた研究は最近、文部科学大臣賞に表彰されました。島袋博士はこのほど、科学雑誌『Journal of Child Psychology and Psychiatry』に掲載された論文の筆頭著者であり、ADHDの子どもを持つ日本人の母親を対象に、WPJ受講群と通常治療群とを比較したWPJプログラムの効果と費用対効果を評価しています。 

研究チームは、国内の施設3か所で WPJプログラムを実施し、これらの環境において、同プログラムが通常の治療よりも効果的であること、そして、同プログラムを受講する側にかかる費用も手ごろであることを確認しました。島袋博士は、「この研究は、研究室のようにコントロールされた環境で研究者がWPJプログラムを実施するのではなく、実際サービスを提供している地域の病院と発達支援センターで実施した場合でも効果が維持できるかどうかを検証するという意味で重要でした」と説明しています。

Photos of Dr. Shizuka Shimabukuro
(写真左)論文筆頭著者の島袋静香博士がWPJトレーニングプログラムの内容を説明する様子。(写真右)母親が子どもと一緒に楽しみながら視覚記憶力を向上させることができるゲーム(プログラムの一部)を示す島袋博士。
(写真左)論文筆頭著者の島袋静香博士がWPJトレーニングプログラムの内容を説明する様子。(写真右)母親が子どもと一緒に楽しみながら視覚記憶力を向上させることができるゲーム(プログラムの一部)を示す島袋博士。

グループの中に慰めを見出す

グループ形式のプログラムは、参加した母親たちに社会的なサポートを提供することや参加者同士の相互的な学びを促すためにとても有効です。母親たちは、孤立感を感じたり、子どもの困難に対処するために助けを求めることをためらったりしがちだからです。「日本では通常、母親が子どもの世話をすることが主流で、私たち日本人は自分のニーズを優先することに遠慮してしまう傾向があります。困り感を抱えたまま孤独を感じることが多いのです。同じような悩みを抱えている親たちが安心して苦労や悩みを話すことができて、共に学び支え合う心地よい共有スペースを母親たちに提供したかったのです」と島袋博士は説明します。

WPJプログラムは、10年にわたり国内外の研究者、臨床医、ADHDを持つ日本人の子どもとその親たちが協力し、国際的な研究事例や研究へ参加した日本人の親の声をもとに共同制作した成果です。発達神経生物学ユニットを率い、同論文の著者でもあるゲイル・トリップ教授は、本研究を、多くの人がつながってやり遂げた研究活動であったと語ります。「私たちは、沖縄県内の病院、県外2か所の大学病院、東京の経済学者、英国の研究協力者と密に連携しながら行いました。OIST Innovationは、本研究と、より広範な実施に向けた取り組みを支援してくれました。非常に協力的な取り組みが、実を結びつつあることを嬉しく思っています。」

The team behind the study of Well Parent Japan across three sites in Japan.
国内3か所でWell Parent Japanプログラムの実施に関わるメンバーら。写真提供:OIST 
国内3か所でWell Parent Japanプログラムの実施に関わるメンバーら。写真提供:OIST 

ロックダウンから未来へ  

WPJの効果を検証する過程に困難がなかったわけではありません。臨床試験の開始直後に、全く予期していなかったコロナ禍が始まったため、当初の研究計画を社会状況の変化に合わせなければなりませんでした。「私たちは、パンデミックによって規制が絶えず変化する中、施設3か所にまたがる臨床試験を調整しようと必死でした」と島袋博士は振り返ります。「グループのリーダーたちが、何よりもまず参加者の健康と安全を確保し、同時に確実なデータを確保するために尽力してくれたことに、とても感謝していますし、誇りに思っています。」 

研究チームは、困難な状況にもかかわらず、当プログラムが研究室の中だけでなく「普段の実践の場」でも、子育て特有のストレスを軽減し、子育ての効力感を向上させ、家族の緊張感を和らげるという点で、通常医療が提供している従来の治療法よりも優れた効果を示せたことを嬉しく思っています。「コロナがもたらした混乱を考慮すると、参加者の保持率は非常に高かったと言えます」とトリップ教授は説明します。「パンデミックでない状況下での比較可能な海外の研究では、通常、参加者の辞退率は15%程度と報告されていますが、私たちの研究ではわずか7%程度でした」とトリップ教授は付け加えます。島袋博士は、「今回の研究結果は、コロナが猛威を振るう最中であっても、親たちがどれだけプログラムに熱心に取り組み、そして子どもについて話す時間の必要性やそのような場があることの大切さを示しています」と話します。 

参加者の保持率の高さと肯定的な結果は、日本におけるWPJのようなプログラムの価値を裏付けています。島袋博士は「親は子どもの行動を望ましい行動へ導く主体者ですので、子どもをケアする前に親自身をケアすることが非常に重要です」と話します。 

島袋博士は現在、ADHDの子どもたちが多くの時間を過ごすもう一つの環境である「学校」に研究の場を移しています。「教師もまた子どもたちを良い行動へと導く重要な担い手であり、子どもたちは多くの時間を教師とともに過ごします。そして、親と同じように、ADHDがもたらす課題に直面することが多いです。ADHDの子どもたちにとって、親と教師が一貫して問題に対処すれば、良い行動習慣を確立することがずっと容易になるでしょう。」と島袋博士は説明します。 

研究チームは現在、WPJを学校の教師向けに改良した教育ビデオを実施するための実装パイロット研究を行っています。ADHDを持つことが児童にどのような難しさをもたらすのか、またADHDの症状や関係する行動問題に対応するためにどのように普段の指導法を工夫していく必要があるのかを教えます。同時に、母親たちと同様に、教師たちの専門的な見識や経験を互いに共有する場を提供するのが目的です。臨床心理士の免許を持つ島袋博士とトリップ教授は、子どもたちとその家族、そして地域社会のために、臨床経験と研究室での研究を融合させることに挑戦しています。島袋博士は「私たちは最終的に、人々のADHDへの理解が進み、支援の質が向上し、そして地域で助けが得られる場所を増やしていくための手助けをしたいと考えています」と話します。 

 

OISTのADHD研究にご興味をお持ちの方や、さらに詳しくお知りになりたい方は、こちらをお読みになり、OIST子ども研究所までお問い合わせください。報道関係者の方のお問い合わせは、こちらまでご連絡ください。 

専門分野

広報・取材に関するお問い合わせ
報道関係者専用問い合わせフォーム

シェア: