OISTの4つの研究プロジェクトが、創発的研究支援事業(FOREST)に新たに採択
この度、科学技術振興機構(JST)による「2022年度創発的研究支援事業(FOREST)」に、OISTの4名の研究者によるプロジェクトが新たに採択されました。
本事業は、破壊的イノベーションにつながる可能性を秘める、自由で挑戦的かつ融合的な研究を長期的(通常7年、最大10年)に支援するもので、最大5,000万円の研究費が支援されます。本年度は全国から集まった2,790件の応募者の中から263件のプロジェクトとその研究代表者が採択されました。
いのちが芽吹く瞬間の神秘に突き動かされて―清光智美准教授
細胞分裂動態ユニットを率いる清光智美准教授は、受精後まもなくはじまる細胞分裂の初期段階「初期胚分裂」に焦点をあてた研究プロジェクトが採択されました。
体をつくるための体細胞分裂のメカニズムに関しては多くの知見がある一方で、それ以前の初期胚分裂のメカニズムに関しては大部分のことが分かっていません。「初期胚分裂は、体細胞分裂とは全く違う仕組みで行われており、未だに予想していなかった働きに驚かされます。初期胚の研究は宝の山です」と清光准教授は話します。
細胞分裂とは1つの細胞が分裂する過程、すなわち、1つの細胞(母細胞)からもう1つの細胞(娘細胞)が生み出されるプロセスで、すべての生物に共通した基本的な成長メカニズムです。細胞が分裂する際、「紡錘体(ぼうすいたい)」と呼ばれる構造体によって、母細胞に保存されている染色体も娘細胞へと分配されます。
「初期胚の細胞分裂は驚くほど速いスピードで進行しますが、そのプロセスは非常に正確で、ほんの短い間に染色体の捕捉と分配といった複雑なプロセスが行われます。どのような原理で初期胚の紡錘体が細胞分裂を制御しているのか、どういった遺伝子や物質が関係しているのか、未だ謎のベールに包まれていることが多いのです。」
そこで清光准教授は、ヒトとよく似た遺伝子をもつメダカを使い、初期胚分裂のメカニズムを研究する新しい実験手法を確立し、これらの謎の解明に取り組みます。
OISTではメダカの専用飼育施設が新設され、すでにプロジェクトが始動しています。「今後7年かけて、じっくり様々なことに果敢に挑戦していきたいです。私たちと一緒に冒険してくれるチームメンバーも募集しています」と清光准教授は意気込みを語ります。
本研究は、生命の根本的な謎に迫るものであるとともに、不妊治療に役立つ知見が得られる可能性もあるといいます。「初期胚には、なんらかの異常細胞を除去する仕組みがあるといわれていますが、まだ詳しくはわかっていません。そうした初期胚の潜在的な能力を明らかにしたり、そのほかの予想外の現象を探求したりすることで、不妊治療に関する新たな発見にも期待しています。」
マングローブのDNAに刻まれた植物の生存戦略のひみつを紐解く―マティン・ミリェガネ博士
マングローブを研究対象に、いかに植物が気候変動といった環境ストレスに対応することができるのかを、「エピゲノム」に着目して研究するプロジェクトが採択されたのが、統合群集生態学ユニットのスタッフ・サイエンティスト、マティン・ミリェガネ博士です。
生物は数千種類の遺伝子を持っていますが、どの遺伝子を使い、使わないかは、 エピゲノムによって決定されます。エピゲノムとは、基本的な遺伝子配列は変化させず、その発現方法のみを変化させる、ゲノムに加えられる修飾を指します。
「動物は快適な環境を求めて移動することができますが、植物は簡単に移動することができないため、環境に適応し生き残るためにエピジェネティックな変化(エピゲノムによるメカニズム)に頼っています。エピゲノムの研究は、いわゆる植物の行動科学のようなものかもしれません」ミリェガさんは植物の生存戦略の醍醐味を語ります。
植物のエピゲノム研究にマングローブを選んだ理由についてミリェガさんは次のように述べています。「マングローブは、潮の満ち引きによって日々変化する塩分濃度など、通常の植物がさらされないストレス要因が日常的に多く存在する場所に生育しています。そうした力強いマングローブの特性に着目しています。マングローブをモデルにしたエピゲノム研究手法を確立することで、植物たちのエピゲノムによる生存戦略を理解したいと考えています。」
「一般的に、ストレス耐性に関連する遺伝子を持つ植物個体は、極端な環境にうまく対処でき、より長く生存し、より多くの子孫を残すことができます。つまり、これらの種は、自然選択によって進化し、DNAに組み込まれた特定のストレス耐性形質が保存されてきている可能性があるのです。しかし、自然選択の過程には時間が必要です。現在進行中の急速な気候変動においては、植物たちが不可逆的なダメージを受ける前に、変化に追いつき適応することができません。そこで、エピジェネティックな制御を行うことで、植物を救うことができる可能性があるのです。」
ミリェガさんは、沖縄の豊かなマングローブ林に大きな希望を抱いているといいます。 「植物がいかに効率的に環境ストレスに対応しエピジェネティックな変化を辿ってきたのか、そしていかにエピゲノムが世代を超えて受け継がれてきたのか、多くのことが未だにわかっていません。この謎が分かれば、急速な気候変動にも耐えられる農作物の開発が可能になるかもしれません。沖縄でのマングローブの研究は新たな知見をもたらしてくれると信じています。」
「私のプロジェクトがFORESTプログラムに選ばれたことを大変光栄に思います。この制度は、時間や予算的な問題に気を取られることなく、長期的に深く研究に集中できる機会を与えてくれるので、独立してよりよい研究ができる科学者を目指していきたいです。私はこのプロジェクトに大きな期待を寄せており、新しい発見につながる研究成果を出したり、マングローブの並外れた強さの秘密を明らかにできるよう頑張ります」とミリェガさんは今後の抱負を述べました。
「見えない」無限の可能性を探求する―ケシャヴ・ダニ准教授
フェムト秒分光法ユニットのケシャヴ・ダニ准教授は、「暗い励起子(れいきし)」の量子技術への応用を目指す研究プロジェクトに採択されました。このプロジェクトでは、OISTで開発された最新の観測装置を活用します。
励起子とは、半導体において物質が励起した状態をいいます。電子が光によって高いエネルギー状態に励起すると、電子が抜け出た元の場所には、正孔が残ります。電子と正孔は互いに引き合って新たな粒子である励起子を形成します。励起子の研究では、半導体や量子技術への応用に向けた研究が長年行われてきました。
しかし、これまでの励起子の研究は、光を使った方法で観察するものがほとんどでした。この手法で観察できるのは、ごくわずかに運動して光と相互作用することができる、いわゆる明るいタイプの励起子だけです。一方、運動量が限られている励起子は、運動量保存の法則により光と相互作用できないことから「暗い励起子」と呼ばれていますが、これらは直接観察するすべがなかったため、その利点を半導体デバイスで生かすことができずにいました。
そのような中、ダニ准教授は2020年に画期的な方法で暗い励起子を観察する新たな手法の確立に成功しました。「この研究成果は、暗い励起子を直接画像化したり、その制御や操作方法を解明するのに役立つため、励起子研究におけるブレークスルーとなりました」とダニ准教授は述べます。
暗い励起子の利点の1つは、その観察の難しさに直接関りがあります。それは、光と相互作用できない性質です。通常、量子粒子は光と相互作用すると、量子状態の特性であるコヒーレンス(可干渉性)が急速に失われることがあります。コヒーレンスは、量子コンピュータや量子通信といった量子技術への応用に不可欠です。ダニ准教授は、次のように述べています。「原理的には、暗い励起子は光と相互作用しないため、ある程度デコヒーレンスの状態になりにくいといえます。ですから、暗い励起子を用いることで基本的なデコヒーレンス機構を防ぎ、将来の量子技術に活用できる強固なプラットフォームを作り出すことができるのではないかと大きな期待が寄せられています。」
ダニ准教授はプロジェクトに対する意欲を示し、「破壊的イノベーションにつながる種」を植えるために次世代の長期的な研究に投資するという大胆なビジョンを掲げる創発的研究支援事業の川村POに感謝の意を述べています。「OISTとJSTが、私のような研究者に科学の楽園で子供の頃からの夢や好奇心を追求する機会を提供してくださっていることに、改めて感謝しています。」
深く「眠り」を科学する―サム・ライター准教授
その他、計算行動神経科学ユニットを率いるサム・ライター准教授による、タコの睡眠行動と、その行動を支える神経メカニズムを解明する研究プロジェクトが採択されました。
ライター准教授は今後の研究の抱負を次のように述べています。「沖縄近海には多くの種類のタコが生息しており、地域の漁業関係者から大きな協力を得て研究が進んでいます。まだ誰も解明できていない睡眠の謎を、ここ沖縄で研究できることに大変わくわくしています。」