ヒトデと比べて見えてきた、私たちのからだづくりの進化
それぞれの動物は、さまざまな形態的特徴(ボディプラン、または体制)を持っています。特に私たちヒトを含む脊索動物の複雑で繊細なボディプランの進化がどのように起こったのかはまだ謎に包まれています。
沖縄科学技術大学院大学(OIST)の研究チームは、棘皮動物(きょくひどうぶつ)の一種であるヒトデの体づくりで働く遺伝子群を「シングルセル遺伝子発現解析法」という新技術を使って明らかにし、それを脊索動物で得られているデータと比較することによって、脊索動物のボディプランがどのように進化してきたのかについて、新説を提案しました。
本研究では、 これまで個々の遺伝子や組織・器官で比較され、ある程度分かっていたり、まだ分からなかったことを、胚や幼生を構成する全細胞のシングルセル遺伝子発現解析を行うことによってその全貌を明らかにしました。これにより、脊索動物と棘皮動物のボディプラン作りの分子メカニズムの全て、つまり両者の進化の全貌を比較研究できることになります。このことは、動物進化の研究における大きなマイルストーンであり、今後、この分野の研究を進める上で非常に有益です。
本研究成果は、2023年2月20日発行のアメリカ発生生物学会が発行する国際科学誌Developmental Biologyに掲載されました。
研究の背景と経緯
棘皮動物(ヒトデやウニ)と脊索動物は数億年前に新口動物の共通祖先から分岐し、それぞれ進化してきました。しかし、複雑かつ繊細な脊索動物のボディプランの進化は依然謎に包まれ、進化生物学の最も大きな未解決課題です。
動物の胚発生や幼生の形成は1セットのパターンニング遺伝子(転写制御因子遺伝子や細胞間シグナル分子遺伝子)によって制御されており、これらの遺伝子の働きによってそれぞれの動物に特徴的なボディプランの設計図が出来上がります。
「棘皮動物は系統学的に脊索動物に近縁な仲間になります。ですから、棘皮動物の発生パターンを調べて比較することによって、脊索動物のボディプランの進化に関する有益な情報が得られるはずです。そこで私たちは、棘皮動物の一種であるヒトデを使って発生関連遺伝子の発現パターンを調べることにしました。ヒトデは、同じ棘皮動物のウニよりもこの動物群に共通な発生様式を多く持っています」と、本研究を率いたOISTマリンゲノミックスユニットの佐藤矩行教授は説明します。
研究内容
まず、南方を除く日本の海岸で最も普通に見られるヒトデであるイトマキヒトデ(学名Patiria pectinifera 、図1)を対象にして、その原腸胚やビピンナリア幼生で発現する発生関連遺伝子を、最近開発されたシングルセル(単一細胞)遺伝子発現解析法を駆使して解析し、その構成細胞を特異的かつ共通的な遺伝子発現パターンによって22の細胞群(クラスター)に分類することに成功しました(図2)。
シングルセル遺伝子発現解析法について、本研究の筆頭著者で、元OISTマリンゲノミックスユニット研究員の冨永斉博士は、「これまでの方法では、一つひとつの遺伝子がどの器官や組織で発現するかを調べることしかできませんでした。これではボディプラン全体がどうできてくるのか、おおまかな洞察しかできません」と説明します。共著者の西辻光希OIST研究員は、「最近開発されたシングルセル遺伝子発現解析法を駆使することによって、発生の過程を1セットの遺伝子によって、またひとつの細胞レベルで調べることができるようになったのです」と付け加えます。
シングルセル遺伝子発現解析によって得られたパターンニング遺伝子の特徴的発現パターンから、図3に示すように、イトマキヒトデの原腸胚や幼生の体の各部分が、22のうちのどの細胞クラスターによって特徴づけられたかが分かりました。
次に、こうして得られたヒトデの遺伝子マップを、これまで得られている脊索動物(特に脊索動物群の中で最も原始的な頭索動物ナメクジウオ)のボディプラン形成に関わる遺伝子のマップと比較しました。この時、特に注目したのは、棘皮動物の胚の繊毛帯、中胚葉体腔、口陥、咽頭です。これにより、脊索動物のボディプランが両者の共通祖先である新口動物からどのように進化してきたのかについての新しい説を提唱できるようになりました。「ヒトデとナメクジウオの相同遺伝子の発現比較解析を通して、共通祖先のどのような細胞や組織から脊索動物の、あるいは水腔動物(棘皮動物と半索動物を合わせた動物群)の体の構造ができてきたのかをより深く理解できました」と佐藤教授は言います。
例えば、ヒトを含む脊索動物の背側神経系の発生の際に発現している遺伝子群がヒトデを含む水腔動物の繊毛帯の発生に使われています。ということは、この二つの器官は相同ということになります(図3)。また脊索動物の体壁筋などができてくる側方中胚葉の発生で発現している遺伝子群が水腔動物の体腔で発現しています。さらに興味深いことは、脊椎動物の体軸形成を誘導するシュペーマン・オーガナイザー(形成体)で発現する遺伝子の多くがヒトデの口陥[口側の表皮(図5の橙色の部分)と原腸先端部(図5の青色の部分)の融合で幼生の口が開く部分]で発現していることです(図5)。
本研究によって、新口動物の共通祖先からどのようにして棘皮動物および脊索動物のボディプランが生まれてきたのかについてあるモデルが提唱でき、それが、異なった動物群がそれぞれ特徴的なボディプランをどのように進化させてきたのか、という進化発生学の中心問題に光を投げかけます。
今回の研究成果のインパクト・今後の展開
本成果は進化発生学研究の一つのマイルストーンであり、ヒトを含む動物の進化の歴史の問題に光を投げかけるものです。
私たちは動物の進化を考える時、単純なものから複雑なものが進化したと考えがちです。しかし、本研究でも示したとおり、棘皮動物と脊索動物はよく似た相同遺伝子を使って、機能は似ていても形態の違う器官を作り出しています。同じ遺伝子群を使っているのになぜ棘皮動物では繊毛帯で脊索動物では背側中枢神経系なのか。そうした問いが動物のボディプランの進化に対する疑問解明につながっていくでしょう。
研究チームはこれまで、脊索動物のゲノムと、棘皮動物などの水腔動物のゲノムを数多く解読してきました。「動物の進化の問題を解明するには、遺伝子情報を含むゲノム情報は必須です。より詳細なゲノム情報と、より詳細な発生メカニズムの情報が相まって、動物進化の問題に挑戦できるのです」と佐藤教授は締めくくっています。
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