AIの機械学習で初めて量子を制御

機械学習を用いて量子測定に基づく制御を正確に行うことに初めて成功しました。量子技術の開発において重要な一歩となります。

本研究のポイント

  • 日本とオーストラリアの研究チームは、複雑な量子系の粒子を機械学習によって正確に制御できることを初めて明らかにした。
  • 量子系ではあらゆるものによって物体の状態が乱れる可能性があり、制御が困難である。
  • 一方、量子系の制御は、性能の高い量子コンピュータや医用画像処理などの量子技術に利用する上で不可欠である。
  • より複雑な系において量子の制御をする標準的な方法はないが、本研究では、機械学習によって機械が自ら量子系を制御することを学習できることが示された。
  • 研究チームは、さまざまな量子系での粒子の制御において人工知能が有用なツールとなり、量子技術の開発に役立つことを強調した。

概要

私たちは、物事を正確に測定することができる世界で日々を過ごしています。しかし、原子や電子、光子などの微小な粒子でできている量子の世界では、正確に物事を測定することが非常に難しくなります。測定するたびに対象物が乱され、誤差が生じます。使用する機器から系の特性まで、実にあらゆるものが測定結果に影響を与える可能性があり、科学界ではこれをノイズと呼んでいます。ノイズを含んだ測定値を使って量子システムを制御することは、特にリアルタイムではむずかしくなります。そのため、強力な量子コンピュータや医用画像処理などの量子技術に利用するためには、正確な測定に基づく制御方法を見つけることが不可欠です。

このたび、沖縄科学技術大学院大学(OIST)量子マシンユニットおよびオーストラリアのクイーンズランド大学の国際研究チームは、測定値にノイズが多い場合でも、機械学習の一種である強化学習を用いることで、正確な量子制御が可能であることをシミュレーションにより明らかにしました。本研究成果は、科学誌Physical Review Lettersに掲載されました。

量子マシンユニットの研究員で、本論文の筆頭著者であるサンカ・ボラ博士は、この概念について簡単な例を用いて説明します。「丘の上にボールが置かれていると想像してみてください。ボールは右にも左にも簡単に転がる可能性がありますが、同じ位置に留めようと思います。そのためには、ボールがどちらに転がるのかを見極める必要があります。左に転がりそうであれば、右に力を加える必要があり、その逆もまた然りです。では、機械がその力を加えていると想像してみてください。強化学習を行えば、いつ、どのくらいの力を加えればよいかを機械に学ばせることができるのです。」

動画1/3:機械学習エージェントが、適切な力を加えてボールを斜面の上に留めようとする。本動画では、エージェントは強化学習によるトレーニングを受けていないため、ボールが不規則に動き回る。
動画2/3:試行錯誤の結果、エージェントはボールを制御する方法を学習し始め、同じ位置にボールを留めるために適切な力を加えるようになる。
動画3/3:5000回の試行を経て、エージェントはボールを目的の位置に留めるために必要な力を加える方法を学習した。

強化学習は、ロボットが試行錯誤しながら歩き方を覚えるような、ロボット工学の分野でよく使われています。しかし、量子物理学の領域では、そのような応用はほとんどありません。丘の上のボールは具体的な例ですが、研究チームがシミュレーションしていたのは、はるかに小さなスケールの系でした。対象はボールではなく、二重井戸の中を動く小さな粒子で、ボラ博士の研究チームはリアルタイムの測定値を用いて制御しようとしていました。

論文の共著者で同ユニットの研究員のビジタ・サルマ博士は、次のように述べています。「二重井戸の底は基底状態と呼ばれていますが、、最終的に粒子をその基底状態に留めたいのです。そのためには、継続的に測定を行って粒子の状態に関する情報を抽出し、それに応じていくらかの力を加えて粒子を基底状態に移行させる必要があります。しかし、量子力学で用いられる一般的な測定方法では、そのようなことはできません。したがって、系を制御するためのよりスマートな方法が必要です。」

興味深いことに、基底状態では粒子は両方の井戸に同時に存在することになります。これは「量子的重ね合わせ」と呼ばれ、さまざまな量子技術において重要な系の状態です。井戸の中の粒子の位置(一カ所もしくは複数カ所)を検出するため、エージェントにはリアルタイムに継続収集した弱値の測定記録が与えられ、エージェントはこれらの記録を学習のためのデータ点として使用します。これにはフィードバックループによる強化学習を使用しているので、機械が対象となる系から学んだ情報は、将来より正確な測定を行うために使用されます。

「シュレディンガーの猫」の例は、重ね合わせのパラドックスを象徴している。箱の中に猫と毒の入ったフラスコを入れて蓋を閉じる。しばらくすると、猫は生きていると考えられると同時に死んでいるとも考えられる。これを量子力学に例えると、量子的粒子が2つの井戸に同時に存在している状態である。箱を完全に開けると、猫が生きているのか死んでいるのかが分かるため、日常の古典的な世界の法則に戻る。しかし、箱を少しだけ開けてみると、猫のほんの一部、おそらくは尻尾が見え、尻尾がピクピク動くのを見れば、確実ではないが、猫が生きていると判断する可能性がある。これは、機械が研究者にデータ点として提供していた弱値のことである。

量子系の複雑さにさらに拍車をかけていたのは、その非線形性です。つまり、出力の変化と入力の変化に関連がないということです。このような系は、いわゆる線形の系と比べると分かりにくく、カオス的です。このような非線形系では標準的な量子的制御の方法はありませんが、本研究により、強化学習を用いることで、機械が量子系を制御することを完全自律的に学習できることが明らかになりました。

ボラ博士は、次のようにまとめています。「人工知能が大きな役割を果たす未来に移行していく中で、従来の方法では解決できないいくつかの問題を解決するために、機械学習などの人工知能の有用性を検討する機が熟してきました。量子レベルでの粒子ダイナミクスの制御に関しては、特にそうです。なぜなら、量子の世界では、すべてが直感的に理解できるものとは程遠いからです。」

OIST量子マシンユニットを率いるジェイソン・トゥワムリー教授は、次のように付け加えています。「非線形系では、フィードバック制御を効率的に行う方法は分かっていません。今回の研究では、強化学習が実際にそのような制御に有効であることを示しました。これは驚くべき、かつ未来を先取りしたことです。」

研究論文

  • 論文タイトル: Measurement-Based Feedback Quantum Control With Deep Reinforcement Learning for a Double-well Nonlinear Potential
  • 発表先: Physical Review Letters
  • 著者: Sangkha Borah, Bijita Sarma, Michael Kewming, Gerard J. Milburn, and Jason Twamley
  • 所属: Quantum Machines Unit, Okinawa Institute of Science and Technology Graduate University, Okinawa, Japan and the ARC Centre of Excellence for Engineered Quantum Systems, School of Mathematics and Physics, University of Queensland, Brisbane, Australia
  • DOI: 10.1103/PhysRevLett.127.190403
  • 発表日: 2021.11.02

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