輝きを放つ時:塩素が次世代太陽電池に果たす役割を原子レベルで解明
本研究のポイント
- ペロブスカイトの表層にある原子を研究チームが撮影した。これは次世代太陽電池で光を取り込む画期的な結晶材料である。
- ペロブスカイト層の安定性を高めるドーパントの塩素が、ペロブスカイト結晶構造にどのように組み込まれているかが、本研究で明らかになった。
- 結晶構造の中で塩素がヨウ素に置き換わった場所には、表面に暗いくぼみが観察された。
- ペロブスカイト材料の表層の塩素濃度は14.8%が最適であり、高い安定性が得られることがわかった。
研究内容
沖縄科学技術大学院大学(OIST)のヤビン・チー教授が率いるエネルギー材料と表面科学ユニットの研究チームは、は、金属ハライドペロブスカイトと呼ばれる結晶材料を用いた新しいタイプの次世代太陽電池において、光吸収層の表面にある原子を画像化しました。
英国の科学誌Energy & Environmental Science誌に掲載された本研究成果によって、電力と安定性を向上させる塩素が、ペロブスカイト材料にどのように組み込まれているかが明らかになり、太陽光発電技術の分野における長年の謎が解き明かされました。
世界でクリーンかつグリーンなエネルギーが求められている現在、太陽光発電は気候危機を乗り越えるための重要な手段となっています。そして、金属ハライドペロブスカイトは、現在マーケットシェアの大半を占めているシリコン太陽電池をいずれ凌ぐか又は補うようになると多くの研究者が期待している、有望な素材です。
「ペロブスカイトは、シリコンよりも安価で高効率、かつ汎用性が高いものとなる可能性を秘めています」と、論文の筆頭著者でOISTエネルギー材料と表面科学ユニットの元博士課程学生であるアフシャン・ジャムシェイド博士は述べています。
しかし現在、ペロブスカイト太陽電池には、効率、スケールアップ、安定性などで課題があり、実用化には至っていません。ジャムシェイド博士は、高温、多湿、紫外線によってペロブスカイト材料が劣化し、光エネルギーを電力に変換する能力が低下すると説明します。
この10年あまりの間、研究者たちはこれらの課題の解決策を熱心に模索してきました。ペロブスカイト太陽電池を改良する方法の一つとして、ドーパント(ペロブスカイト結晶層を作る過程で添加される微量の化学物質)の使用が挙げられます。ドーパントは、材料の物理的・化学的特性を変化させ、太陽電池の安定性と効率を向上させます。
そのようなドーパントの1つに塩素があります。塩素は、ペロブスカイト太陽電池の寿命を延ばし、電力変換効率を高めることがわかっています。しかし、このドーパントがどのように作用するかは、これまで謎に包まれていました。
「研究者の間では、なぜこのような改善が見られるのか分かっていませんでした。塩素がペロブスカイト材料に添加された後に、その行方を追跡することができなかったのです。塩素はペロブスカイト材料の奥深くに取り込まれるのか、それとも表面に留まるのか、あるいは製造過程で材料から離脱してしまうのかさえもわかりませんでした。研究者の半分は塩素がペロブスカイト材料内に存在すると考えていましたが、残りの半分はそうではないと考えていました」とジャムシェイド博士は述べています。
本研究では、研究チームが金属ハライドペロブスカイトであるヨウ化鉛メチルアンモニウムに塩素を添加した薄膜を作製したことで、同論争に決着がつきました。研究チームは、最先端の走査型トンネル顕微鏡を用いてペロブスカイト層の表面を画像化しました。
ジャムシェイド博士は、次のように述べています。「原子レベルまで拡大して初めて、非常に低い濃度ですが、塩素が実際に存在していることを検出することができました。」
研究チームは、純粋なヨウ化鉛メチルアンモニウムのペロブスカイト膜では見られなかった暗いくぼみが表面にあることを発見しました。
共同研究者の中国の蘇州大学のWanjian Yin教授とZhendong Guo博士の理論計算の結果、ペロブスカイト結晶構造のこの暗いくぼみの部分では、ヨウ素よりもサイズの小さな塩素がゆるく結合したヨウ素に置き換わったことを示していると結論づけました。
研究チームはまた、この暗いくぼみがペロブスカイト膜の結晶粒界付近で多く生じていることも発見しました。
ペロブスカイト層は均一な結晶格子ではなく、さまざまな結晶粒で構成されています。ペロブスカイトが本質的に不安定なのは、この粒界と呼ばれる結晶粒間に生じる亀裂によるものです。
「紫外線、温度、水分による劣化のほとんどは、この粒界で発生します。この粒界ではイオンの結合が非常に緩いためです」とジャムシェイド博士は説明します。
研究チームは、粒界の周りには塩素がより多く存在するため、表面のくぼみが少なく、材料の安定性と効率が向上したのではないかと考えています。
特筆すべきは、塩素の蒸着時間を変えてペロブスカイト膜内の塩素濃度を変化させると、材料の表面構造や電子物性も変化したという点です。
蒸着時間が最短のときには、ペロブスカイト材料の表面に塩素が検出されなかったのに対し、最長のときには、塩素によってペロブスカイト上にイオンの層が1層追加され、電子物性が大きく変化しました。
研究チームは、表面の塩素濃度が最適の約14.8%となる中間の蒸着時間、いわばスイートスポットを見つけ出すことに成功しました。この塩素濃度で、ペロブスカイト材料は高い安定性を得ることができました。
次のステップとして、研究チームはこの最適濃度で塩素を添加したペロブスカイト層を含む太陽電池全体を製造する予定です。
ジャムシェイド博士は、次のように述べています。「このような基礎研究は非常に重要です。なぜなら、素子設計者ができるだけ試行錯誤を繰り返すことなく、最適な製造プロセスを突き止めるのに役立つからです。ドーパントが材料をどのように改良するかを理解することで、さらに高い効果をもたらす新たな化学物質の組み合わせを導き出すことができるのです。」
本研究は、OIST技術開発イノベーションセンターのProof-of-Conceptプログラムの支援を受けています。
発表論文詳細
論文タイトル: Atomic-scale insight into the enhanced surface stability of methylammonium lead iodide perovskite by controlled deposition of lead chloride
発表先: Energy & Environmental Science
著者: Afshan Jamshaid, Zhendong Guo, Jeremy Hieulle, Collin Stecker, Robin Ohmann, Luis K. Ono, Longbin Qiu, Guoqing Tong, Wanjian Yin and Yabing Qi
発表日: 16 June 2021
DOI: https://doi.org/10.1039/D1EE01084K
専門分野
研究ユニット
広報・取材に関するお問い合わせ
報道関係者専用問い合わせフォーム