海の天使、海洋酸性化に対する予想以上の適応能力

進化研究において、シーエンジェルなどの翼足類は、過去の海洋酸性化でも生き残ったことが判明

翼のような足を持つことから翼足類と呼ばれるシーバタフライやシーエンジェルは、これまで考えられていたよりも酸性の海に耐性を持っている可能性がある、と科学者たちが報告しています。

研究チームは、翼足類の進化の歴史を掘り下げることで、これらの生き物が予想以上に古くから存在し、海水の温度上昇や酸性化といった過去の危機を生き延びてきたことを確認しました。

2020年9月24日に米国科学アカデミー紀要(PNAS) に掲載された論文は、美しく謎めいたこれらの海洋生物が、海洋酸性化の影響を最も受けている生物の一つであることから、驚くべき発見と受け止められています。

沖縄科学技術大学院大学(OIST)客員教員で、ダニエル・ロクサー教授率いるOIST分子遺伝学ユニットの元ポスドク研究員であるファディノン・マルレタス博士は、「翼足類は、海の酸性化に対し、早期に警戒警報を出してくれるという意味で、 『炭鉱のカナリア 』と呼ばれてきました」と語ります。

翼足類は大きく分けて、有殻のシーバタフライ(左)と裸殻のシーエンジェル(右)の2つのグループに分かれる。進化の過程で海底での生活から海洋での生活に適応し、筋肉質の足が翼のような2つの構造に変化した。この翼のような構造は水中を上下に「飛ぶ」かのごとく使われている
Katja Peijnenburg and Erica Goetze

海洋の酸性化は、人間が引き起こした気候変動の結果の一つであり、大気中の二酸化炭素が増加して海に溶け込み、水と反応して炭酸を形成することで発生します。酸性化した海は、サンゴの白化を引き起こしたり、海洋生物が殻や骨格を作り維持するのを妨げたりと、海洋生物にさまざまな悪影響を与えます。

シーバタフライ(海の蝶)と呼ばれる翼足類のグループは、アラゴナイトでできた殻のために特に脆弱です。アラゴナイトは長い年月をかけ、海中で浮遊する生活をするため、薄く軽量に進化してきたもので、炭酸カルシウムの中でも溶けやすい物質です。「海が酸性に傾きすぎると、壊れやすい殻が完全に溶けて死んでしまうことがあります。つまり海の酸性化が進むと、シーバタフライは深刻な脅威にさらされる可能性が高いということです」と、マルレタス博士は説明します。

この翼足類のグループは、炭酸カルシウムでできた殻を形成するのに二酸化炭素を利用し、海の炭素を取り込むという重要な役割を果たすために、これは問題となっています。

シーバタフライの減少は、シーエンジェル(海の天使)と呼ばれる第二の主要な翼足類のグループにも深刻な影響を与える可能性があります。殻の付いたシーバタフライが粘液の網で微細なプランクトンを捕食するのに対し、殻のないシーエンジェルは肉食性で、シーバタフライだけを捕食しています。シーバタフライもシーエンジェルも、プランクトン群の中で一般的に生息するので、これらがいなくなれば、海洋中の食物網の微妙なバランスが崩れる可能性があります。

すでに多くの実験研究では、翼足類が二酸化炭素濃度の高い海に適応する能力を検証していますが、その進化の歴史や過去の地球規模の変化にどのように対応してきたかについては、これまでのところほとんど知られていません。

翼足類の進化の歴史を明らかにするため、翼足類専門家で本研究の筆頭著者であるアムステルダム大学のKatja Peijnenburg博士は、航海調査中に世界中に分布する21種類の翼足類からサンプルを採取しました。研究チームはその後、これらの保存サンプルを用いて2,654の遺伝子の遺伝情報を抽出しました。チームはさらに、他の3種の翼足類と、翼足類と密接な関係にあるウミウシや海貝の3種の遺伝情報も含めました。

チームは次に、種間で共有されている遺伝子のタンパク質配列の類似点と相違点を分析し、系統樹を構築しました。この系統樹を翼足類の年代のわかる化石と比較して補正することで、翼足類の主要な系統が共通の祖先から、いつ分岐して新種が形成されたのかだけではなく、どのようにして分岐していったかを計算できるようになりました。

「翼足類の起源が白亜紀初期にさかのぼり、シーバタフライとシーエンジェルの主要な系統が互いに別れ、同時に他の主要系統も、白亜紀中期から後期に分裂したことを私たちは発見しました。これまでの分子データが示唆していたよりもかなり以前のことであり、既知の最古の化石よりもさらに時代がさかのぼります」と、マルレタス博士は説明しています。

重要なことは、この新しい起源の年代と以前に発生した種の多様化は、現存する翼足類の主要なグループが、大量絶滅の原因となった劇的な環境変化の時期を経験したことを意味しています。

当時地球上に存在していた大多数の種とは異なり、翼足類は、約6600万年前の白亜紀末の有名な小惑星衝突で恐竜を絶滅させてしまった時代を生き延びていたのです。

しかしさらに大事なことは、翼足類はまた、約5550万年前の暁新世・始新世境界温暖極大期の大きな試練を克服したということです。

「暁新世・始新世境界温暖極大期は、現在の私たちが直面している変化と非常によく似た危機的な時期でした。これらの発見は、進化の時間軸の中で、翼足類が海の温度や酸性度の変化に適応し、適応できるのではないかという希望を与えてくれます。」

3つのシーバタフライのグループとシーエンジェルを含むすべての主要な翼足類の系統は、2つの大きな地球規模の危機を生き延びた。
© Katja Peijnenburg and Erica Goetze

しかし、同時にマルレタス博士は注意喚起もしています。すなわち、翼足類が過去の海洋酸性度の上昇を生き延びてきたからといって、現在の気候危機に必ずしも耐性があるとは限らないと説明しているのです。

「今私たちが目にしている変化で驚くべきことは、環境変化が以前の出来事よりもはるかに劇的なペースで起こっているということです。翼足類の主要集団は、より長い時間軸で適応するための堅牢性と能力を発揮してきましたが、変化が速く起きれば起きるほど、これらの生物にとって生き延びるチャンスは少なくなります。」

この研究には、オランダのライデンにあるナチュラリス生物多様性センターのKatja Peijnenburg博士、Arie Janssen、Deborah Wall-Palmer博士、ハワイ大学のErica Goetze博士、バミューダ海洋科学研究所のAmy Maas博士、英国ロンドン自然史博物館のJonathan Todd博士、現在ユニバーシティ・カレッジ・ロンドンに在籍中のFerdinand Marlétaz博士が参加しています。

ヘッダー画像提供: Katja Peijnenburg and Erica Goetze

研究ユニット

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