表面現象をより深く理解するために

表面張力に伴う現象は非常に複雑ですが、私たちの日常生活に応用されています。現在OISTの研究者らは、表面張力の物理現象の背後にある複雑な数学の問題に取り組んでいます。

 表面張力の効果は、実は日常的な多くの現象において、非常に重要なものです。例えば、雨の小さな滴が窓に付着したり、シンクに張った水に洗剤を加えると泡が発生したり、アメンボが池の水面を歩くことができるのは、表面張力のおかげなのです。 いわゆる「ワインの涙」も同じ原理で起こります。これは、ワイングラスの縁に近いグラス内側上方部に透明な液体のリングができ、その部分に継続して液滴が形成され、下方のワインに流れ落ちる現象です。 ところが、こうした科学的観察があらゆる場面で、昔から行われてきたにもかかわらず、表面張力や異なる表面張力を持つ液体間での相互作用は、まだ完全には理解されていません。 問題の複雑さゆえに、単純化されたモデルは数十年にわたり使用されてきました。 しかしこの度OIST研究員らは、表面張力の複雑な性質に挑み、Journal of Fluid Mechanics 誌に発表した論文で、その全容解明に向けた新たな一歩を踏み出しました。 研究結果では、表面張力の問題の複雑さに反し、一般的に用いられる近似が、驚くほど正確な結果をもたらすことが明らかになりました。

 OIST研究員による本論文は、表面張力によって水面上を移動するアセトン液滴の運動について発表したもので、以前に行った研究の続編となっています。

 

 「表面張力現象は非常に複雑なので、液滴を動かす力を推測 するため、今まで研究されてこなかった最もシンプルなシステムについて考えました。この研究は、表面張力により、どのように液滴が水面を動くかを完全に理解するための小さな一歩と言えます。」と、論文筆頭著者のストフル・ヤンセン博士は説明します。

 エリオット・フリード教授が率いる数理力学と材料科学ユニットでは、まず固定された円柱棒の一部が水に浸った箱型の容器というシンプルな器具を設計しました。 表面張力を低下させる有機分子である界面活性剤を、円柱棒の片側の水面上に添加することで、界面活性剤を含まない側と、界面活性剤を含む側の水面の形状を測定することができます。 この測定は、円柱棒に作用する力を特定するための理論モデルを構築する一助となりました。

 

円柱棒の左側の水面に界面活性剤を添加すると、円柱棒に作用する力学的な力は非対称となる。円柱棒を壁から切り離すと、円柱棒は右方向に移動し始める。

 この問題の複雑さは、形状にあります。水面は円柱棒に向かってカーブしており、このカーブの度合いは、表面張力によります。 円柱棒の片側水面に界面活性剤を添加すると、円柱棒の両側の水面は、異なるカーブのため非対称となり、円柱棒にかかる力の計算は、数学的により複雑になります。 これまでの単純化されたモデルでは、水面が円柱棒の両側で完全に平らであるという仮定のもと、これらの水面のカーブは無視されていました。

 

左側の水面に界面活性剤を入れると、異なるカーブで表される非対称の水面が生じ、左右で異なる力が円柱棒に加わる。 円柱棒に作用する水平方向の力は、円柱棒の単位長さ当たりで測定した際の表面張力の差に等しい。

 科学者たちは3つの独立したアプローチを用いてこの問題を説明しました。まず、円柱棒にかかった力学的な力を数値的に計算しましたが、これには複雑な方程式の解を得るため、コンピュータの助けを借りる必要がありました。 そして、この数値結果からヒントを得て、モデル方程式の妥当性をチェックするために「紙と鉛筆」のみを使う解析的手法に移行しました。

 フリード教授は、「数値法では、入力値と共にコンピュータにアルゴリズムを与える必要があります。その意味では、非常に特殊な場合の方程式を解くことになります。何が起こっているのかはだいたいわかりますが、一般的な証明はできません。 紙と鉛筆を使って解析的に解くと、特定の入力値を選択するのでなく、一般的に適用できるものが見つかるのです。」 と説明しています。

 そして最後に、力学的な力というよりは、エネルギーに基づく第3の独立したアプローチを用いて問題を分析しました。

 予期していなかったことですが、3つの方法はすべて同じ結果につながりました。計算された力は、水面が平らであると仮定された単純化されたモデルによって得られたものと等しくなり、水 と空気間の界面におけるカーブは問題なく無視することができました。

 ヤンセン博士は、「水と空気の界面のカーブを無視した場合、許容できない誤差につながるのではないかという可能性を我々は排除することはできませんでした。ところが驚くべきことに、数十年に渡って使われてきた単純モデルが非常に正確であることが判明したのです。」」と、述べました。

 複雑な問題を解く上で、この研究成果は、前世紀から使用されてきたラングミュア・バランスのような測定の信頼性を高めるものです。 さらにこれは、表面張力で 水面を滑るアセトン液滴の複雑な現象を理解するための第一歩ともなっています。

 「この研究は、非常に複雑な現象から一歩下がって、最も基本的な特徴から部分的に解決しようとする、還元的アプローチと見ることができます。今度は、円柱棒が流体上を滑る場合など、さらに難しい問題に取り組むことができます。」とフリード教授は最後に付け加えました。

 

(左から)ストフル・ヤンセン博士、エリオット・フリード教授、ヴィカッシュ・チャウラシア特別研究学生

 

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