新たな機能物質の「調理法」
搾りたての牛乳を撹拌するとバターができます。ここにレモン汁を絞るとカードと呼ばれる凝固物になります。実はこの2つの現象は分子レベルではより複雑です。
牛乳を撹拌すると、その中に含まれている脂肪分子が近づき合って凝集体を形成します。レモン汁により牛乳の酸性度は上がり、似通った分子の固まりができます。しかし、バターもカードも固体ではありません。なぜならどちらも凝集した分子がまるで液体であるかのように互いに一定距離を保っているからです。
このように集合体の一部がまるで固体のように分子が集まった液体は、自然界や人工物にも見られます。ジェルやシェービングクリームは、このような物質が工業製品化された例です。これら物質の作り方は存在するものの、どのようなメカニズムで生じるのかを科学者が必ずしも知っているわけではありません。そのため、現存する機能物質から新しい種類の物質を作成するには、経験に基づいた推測と試行錯誤が必要になります。
沖縄科学技術大学院大学(OIST)と米国のロスアラモス国立研究所の共同研究により、現存する製造レシピを少し変えることで、新たに生じるこのような物質の構造や特性を予測する手法が発見されました。この発見は、新しい機能物質を作製するのに極めて重要です。本研究は科学誌 Soft Matterに発表されました。
調理をするシェフが、レシピの材料の分量を変化させたり調理時間を変えたりすることで料理の味を変えるように、実験科学者たちも基礎となる法則を見つけるために同様のことを行います。例えば、異なる条件下において一定の空間中の分子数をコントロールします。そして新たな原料の添加や撹拌、温度変化により分子レベルの引力や反発力を変化させ、分子の動きや分子同士の距離を変化させます。そして特別な場合にのみ物質は不可逆的に変化します。
OISTの研究者らは、このような引力や反発力を決定づける黄金律を発見しました。つまり、これまで解明されていなかった物質間の数学的な相互関係が明らかとなり、生じる物質の集合体特性の予測が可能になりました。
「私たちが見つけたのは、物質中の全引力と全反発力を比較する単純な割合です。この値は、異なる実験状況下における分子凝集の度合いに相当します。従来の数学的複雑さからこの単純な値が現れたことは驚きです」と、本研究論文の筆頭著者で、OIST構造物性相関研究ユニットのポスドク研究員であるタームグナ・ダス博士は述べています。
実際、多数の分子の集合体(バルク系)では、新たに生まれる物質の最終的な特性を決めるのは分子凝集の度合いです。OISTの研究者らは、大量の粒子の二次元シミュレーションを行いました。このシミュレーション粒子を制御するため、このシステムに既存の分子間凝集制御式を適用し、凝集体形成に至るように数値を入力しました。数値を複雑に操作することで、程度の異なる凝集が起こりました。外温や、得られる凝集体における分布の全体的な密度は、各値のセットで一定に保たれました。そして、変化するシミュレーション制御の変数値や凝集の度合いの関係を探る中で、前述した重要な発見がありました。またこの発見は、実生活に合うよう3次元へと容易に適用することも可能です。
この発見により、実験科学者は新たに生まれる凝集体の特性を予測できるようになります。その際、これら特殊物質中で生じる分子レベルの再編成の数学的な詳細を回避し、実験を通して操作できる外部条件となる最小限の情報に基づけば良いわけです。つまり実際のところ、全体は部分の総和に勝るのがなぜかを必ずしも知る必要がないということです。
物質中の分子間力の説明に同一の数学的変数が19世紀前後から用いられていることからも、この発見が実用化以外にも大きな科学的発見だということが言えます。
(ジョイクリット・ミトゥラ)
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