スマートゲルは水よりも濃し
液体をゲル状に変化させる技術は、化粧品の製造、医療、またエネルギー業界等、多くの産業分野で重要な役割を担っています。しかし、ゲル化と呼ばれるこのプロセスでは、液体の粘性または弾力性を高めるため、ゲル化剤を加えて加熱または冷却する必要があり、製造上多くのエネルギーや費用を要します。ゲル化された製品として、シャンプーを例にとってみましょう。ゲル化していなければ、シャンプーボトルの中身は水っぽく薄い液体になります。そして、とろりとしたシャンプーを手のひらに受けるかわりに、シャンプーは指の間から勢いよくこぼれ落ち、頭につける暇もなく、排水口に流れていってしまうでしょう。
沖縄科学技術大学院大学(OIST)のエイミー・シェン教授は、新たに開発したゲル化の方法を用いて実験を重ねています。シェン教授率いるOISTマイクロ・バイオ・ナノ流体ユニットでは、これらの実験に液体の挙動を変化させるためにマイクロ流体プラットフォームを使います。マイクロ流体プラットフォームは、手のひらサイズの平たいトレイで、液体が通るミクロの溝が入っています。これまで、水素イオン濃度(pH)や化学的性質、温度等を検出する便利な機能を持つナノ粒子や生体分子を加えた液体が開発されてきましたが、既存技術に取り入れるのは難しいことが示されてきました。バイオ・医療機器やセンサーへの応用について、シェン教授は、「液体の場合、蒸発してしまうので難しいのです」と指摘した上で、「一方、ゲルをデバイスに組み込むのは比較的簡単です。」と話しました。シェン教授と、博士課程学生であるジョシュア・カーディエルさんとジャオ・ ヤ(赵亚)さんは、グルコースに反応する酵素を効果的に安定化させるグルコース感受性ゲルを開発しました。多くの場合、糖尿病患者は1日に5回かそれ以上も血糖を測定しなければなりませんが、このゲルを応用すると、患者にとってより身体的負担の軽い測定ツールを効率的に製造できると考えられます。本研究成果は、2014年8月7日付で英国王立
ゲル化を誘導するために、シェン教授の研究ユニットではまず透明なゴム材を原料にマイクロ流体プラットフォームを作製します。原料を型に入れてプラットフォームを形成することで、プラットフォーム上に液体が流れる溝が形作られます。顕微鏡スライド上を細い川が幾筋も蛇行しているような形状のプラットフォームもあれば、大きな溝の中央に円柱を並べることで、幅が数ミクロン、つまり髪の毛の10分の1程度の 細い隙間が作られたものを作製することもあります。次に、作製したプラットフォームに、ある種の石鹸水をポンプを使って流し込むと、反対側からどろっとしたゲルが出てきます。「このようにして、水っぽい状態をヘアジェルのような状態に変えることができます。」と、シェン教授は説明しました。この方法を用いれば、従来のたった半分の材料量でゲル化が可能だと推定されます。
これまでの研究で、シェン教授の研究グループはこの方法についてそのメカニズムを提唱しました。原料として使用している石鹸混合液は、石鹸分子が集まった小さな集合体を形成する傾向があります。この集合体は、石鹸水の濃度や温度、酸性度によって、球状もしくは楕円形の形状をとります。混合液のレシピをアレンジし、楕円形の集合体の数を調整することで、理想的には、マイクロ流体プラットフォームを通る前に、集合体が細くて長いミミズのような形をとるようにします。石鹸混合液がプラットフォームを通る間に、プラットフォームの構造により、集合体どうしが合体しY字状に交差した形が作られます。Y字型集合体の枝部分がさらに絡み合うことで液体は固くなり、粘性と弾力性を増したゲルとなっていきます。
シェン教授の研究グループは、原料である石鹸混合液に他の物質を加えることで、おもしろい性質を持つゲル、つまりスマートゲルが作製できると考えました。「酵素やカーボンナノチューブなどを、ゲルの足場内にカプセル化することができます」とシェン教授は言い、「プラットフォームのミクロの柱(マイクロピラー)を通して混合液を流しこめば、ゲルができるというわけです。」と説明しました。Lab on a Chip への投稿に向けて、シェン教授の研究ユニットでは、グルコースオキシダーゼ(グルコース酸化酵素)をカプセル化したゲルを考案しました。グルコース試験紙によく用いられるこの酵素は、グルコースに反応して測定可能な電気信号を発生させます。さらに、ゲルはその集合体をもってして、既存のグルコース検出技術よりも遥かに広い検出範囲で、血中グルコース濃度を正確に感知できることが示されました。このゲルは水を含むため、グルコースオキシダーゼの乾燥を防ぎ、現在用いられているグルコース試験紙よりもグルコースオキシダーゼを安定化させることができます。加えて、グルコースオキシダーゼの機能を維持するには必須の条件である、室温・大気圧下でゲルを作製できます。シェン教授は、このゲルをパッチ剤として用いることで、1度皮膚に貼るだけで、その後何日も、もしくは何週間も続けて血糖値の測定を可能にする技術を思い描いています。使用後5〜7日で免疫反応を引き起こすことの多い既存の移植用装置に比べて、このゲルは生体適合性に優れていると考えられます。
しかし、グルコースの検出は始まりに過ぎません。この新規ゲル化方法は多くの可能性を秘めていると、シェン教授は考えています。その理由として、この方法は、ナノ粒子や生体分子をカプセル化し、動かないようにする新たな手段であることが挙げられます。「大量のナノ粒子を動かしたり制御したりするのは難しいものです。ナノ粒子はとても小さいですから。」とシェン教授は説明します。ナノ粒子をゲルに組み込めば、ナノ粒子を操作する工程が簡略化されるだけでなく、適切なナノ粒子を開発しゲルと合わせることにより、望み通りの性質を持ったゲルの作製も可能になります。母体となる液体と粒子の相性さえ良ければ、シェン教授の研究ユニットの技術で、どのようなものでもゲルに変身させることができるのです。「カーボンナノチューブも良いですね」と、シェン教授は一例を挙げ、「あるいは、過酸化水素感受性の分子を用いることもできます。」と付け加えました。実際、シェン研究ユニットは、微細なカーボンナノチューブをゲル中で結合させ、導電性ゲルパッチを開発しました。シェン教授が締めくくったように、まさに「可能性は無限大」です。
ラッシュ ポンツィー
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