ニライカナイを探して
2013年、沖縄本島の川で、 沖縄・奄美古来の言葉「ニライカナイ」の名を冠した新種のハゼが発見されました。ニライカナイとは、ここ沖縄に古くから伝わる概念で、海の彼方にあり、生命や豊穣を生み出す神の住まう楽土を意味します。壮大なロマンを感じさせるこの言葉を名にしたニライカナイボウズハゼ(Stiphodon niraikanaiensis)を発見し、名付けたのがOISTマリンゲノミックスユニットの前田健研究員です。この新種に関する論文は、2013年12月20日に、学術誌Ichthyological Researchオンライン版に掲載されました。
「ハゼの新種発見は珍しいことではありません」と、意外にもこう語る前田研究員。世界に2,000種以上が知られるハゼの仲間には、命名が追いついていない種が多数存在すると言います。小さなハゼを分類し、新種として命名するには、鰭や骨格、歯、鱗の形状や、感覚器の位置など顕微鏡下での仔細な調査が必要です。前田研究員はそれらに精力的に取り組み、ニライカナイボウズハゼを世界のどこからも報告のない新種として発表しました。この新種はこれまで沖縄本島以外では見つかっていません。しかしとても数が少ないため、沖縄だけで世代を繰り返してきたものではなく、南の島のどこかに中心となる生息地が存在し、そこから海流によって運ばれてきた可能性が高いと言います。それはいったいどういうことでしょうか?
ボウズハゼの仲間は、川で産卵し、孵化した稚魚は川の流れに乗ってすぐに海へ運ばれます。稚魚は海でプランクトンを食べながら成長し、再び川に戻ります。海で過ごすその間に、稚魚は海流に乗って遠くへ分散するチャンスを持っているのです。海で成長する期間は種類によって異なり、ボウズハゼの仲間はこの期間が特に長い事が分かっています。また孵化したばかりの稚魚が他のハゼと比べて小さく未熟であるため、海流に流されやすい可能性もあります。そのため、ボウズハゼの仲間は、川に住む魚でありながら海を越えて遠くの島に運ばれやすい性質を持つと考えられています。前田研究員は、ニライカナイボウズハゼは琉球列島に沿って北上する黒潮によって熱帯域から運ばれ沖縄で見つかったのではないかと考えています。「ニライカナイがどこにあるのか誰も具体的には知りません。このハゼも海の彼方のどこかからやってきたのではないかと考えていますが、どこから来たのか全く分からないのです」と名前の由来を説明してくれました。
海域におけるボウズハゼ稚魚の生態についてはほとんど何も分かっていないため、海流に乗って運ばれたと考えられるニライカナイボウズハゼの由来も、推測の域を抜けない段階です。そのため前田研究員は、謎に包まれた稚魚の生活史の研究にも力を入れています。稚魚の成長に伴う形態変化・行動変化を把握し、海域における稚魚の分布・生態に関する知見が集まれば、ボウズハゼの仲間の生活史の全貌を解明できるかもしれません。また海流がハゼの稚魚を運び、広範囲に分散させるメカニズムを知る手がかりとなることが期待されます。
前田研究員は最後に、中国南部の固有種とされていたトラフボウズハゼ(Stiphodon multisquamus)が沖縄本島で初めて発見されたことも紹介してくれました。南シナ海と沖縄を結ぶ海流についてはさらに謎が深まっています。これらのハゼ達はどこで生まれ、どのような旅をして沖縄にやってくるのでしょうか。命を生み出すニライカナイを探して、同研究員によるハゼの生態研究は今後も白熱しそうです。