「理論科学客員プログラム」を開始
科学は学術的な議論によって発展していくものです。同僚同士のさりげない議論や個々の研究室同士で行う共同研究、さらには、学会や所属機関以外の研究所に研究者が長期滞在する客員プログラムなどを通して行われます。
この度OISTでは、数学者、物理学者、生命科学者、コンピュータ科学など、さまざまな理論科学の優れた研究者をOISTに招へいすることを目的として、「理論科学客員プログラム」を開始しました。
OIST量子理論ユニットの主任研究員であり、理論科学客員プログラム設立委員会の委員長を務めるニック・シャノン教授は、次のように述べています。「OIST設立当初から、OISTを訪れたいと切望する人が多くいました。客員プログラムを立ち上げる絶好の機会を得て、どの分野の理論科学者にも応募していただけるよう、できる限り包括的なプログラムにしたいと考えました。」
客員プログラムは理論科学の進歩を促進する、ということが世界で証明されています。その成功例として、プリンストン高等研究所、ケンブリッジ大学アイザック・ニュートン数理科学研究所、カリフォルニア州サンタバーバラのカブリ理論物理学研究所、ドイツのライプチヒにあるマックスプランク数学研究所などの著名な機関のプログラムがあります。
シャノン教授は、次のように説明しています。「こうした研究機関によるプログラムのコンセプトは、第二の所属機関として機能することです。研究者は個人で訪れることもできますが、集団で訪れることもできる点が重要です。専門性の高い分野の専門家を集め、教育や管理の負担から解放される場所で交流し合い、新しいアイデアを生み出すことができます。このようなプログラムを開催することは大きな威信につながり、OISTの研究者が新しい展開について学び、アイデアを共有し、参加者と共同研究する機会を生み出します。」
同プログラムについて、OISTのピーター・グルース学長兼理事長は、次のように述べています。「理論科学客員プログラムを力強くサポートします。このプログラムは、世界中の研究者にOISTの科学者と出会い、議論し、共同研究する場を提供し、OISTの研究にも新鮮なアイデアをもたらし、学際的かつ国際的なネットワークを構築する機会を提供してくれます。」
客員の募集は2021年の夏に始まり、OISTの深井朋樹教授を委員長とする客員選考委員会で審査が行われました。そして、パンデミックによる渡航規制が緩和された今、ようやく最初の客員がキャンパスに到着し始めました。
最初にOISTに到着したのは、メリーランド大学の理論物理学者であるダニ・ブルマッシュ博士で、3ヶ月間滞在する予定です。ブルマッシュ博士は、トポロジカル相を中心とした広い分野の「物性物理学」を研究しています。
ブルマッシュ博士は、次のように説明しています。「基本的に私の研究では、細部に手を加えても定量的に変わらない、ロバスト特性の高い物質を扱います。」
古典的なトポロジー(位相幾何学)では、コーヒーマグがドーナツ型に変形することがよく知られています。トポロジーの観点からは、この2つの構造は、穴が1つしかないという共通のロバスト特性を持っている点で同じです。
ブルマッシュ博士は、形状ではなく、特定の物質の電気伝導性や磁性などの量子特性を研究しています。博士の研究は純粋に理論的なものですが、将来的には、量子コンピューティングにトポロジカル相を利用することで、堅牢な「量子性」で有利となるなど、これらの概念の応用に関する興味深い展望が開けています。
ブルマッシュ博士は、OISTに到着して以来、岡田佳憲准教授の量子物質科学ユニットやシャノン教授の量子理論ユニットなど、多くの研究ユニットのメンバーと議論を始めています。
博士は次のように述べています。「OISTでは幅広い分野の人と話をし、OISTが私の所属機関よりも力を入れている分野について学びたいと思っています。自分の直接の専門外の分野を探求するのは、とても面白いです。滞在中に、長期的に共同研究ができる相手を1人か2人見つけることができればと思っています。」
OISTに到着した2人目の客員は、ヨーク大学で純粋数学の准教授を務め、「圏化」の分野で研究を行っているクリス・バウマン博士です。
バウマン博士は、次のように説明しています。「私の研究では、古くからある構造に関する古典数学の未解決問題を取り上げ、その構造を『より豊か』にすることです。そして、この新しい構造が古い構造に投じる『影』を振り返ることで、答えを発見します。」
バウマン博士のOIST滞在期間は、新型コロナウイルスのパンデミックにより1ヶ月と短くなりましたが、リロン・スペイヤ准教授が率いる表現論と代数的組合せ論ユニットと緊密に連携し、今後数年に渡って取り組む新プロジェクトをスタートさせました。
博士は、滞在中のインタビューで次のように述べました。「ついにOISTに来ることができて嬉しいです。新しいプロジェクトを始めるには、対面で会う必要があります。OISTでは、黒板がたくさんある部屋を使うことができ、研究スペースもたくさんあります。とても小さな画面を通したオンライン会議では、点と点をつないでアイデアを出し続けることは難しいです。」
ブルマッシュ博士とバウマン博士に加えて、5月にはさらに4人の客員研究員が到着する予定です。
理論科学客員プログラムのアカデミックコーディネーターに着任したヨナス・フィッシャー博士は、「今年度は、合計25名が2ヶ月間から1年間OISTに滞在する予定です」と説明しています。
フィッシャー博士は、以前は、「東北大学 知のフォーラム」のプログラムコーディネーターを務めていました。現在はOISTで、沖縄への客員の受け入れやプログラムのイベントの企画を監督しています。 同プログラムはまだ初期段階ですが、今後数年で大きく拡大することが期待されています。
フィッシャー博士は次のように述べています。「長期的な目標として、毎年100~120名の客員をOISTに招へいすることを掲げています。その全員が長期滞在するのではなく、多数の参加者が短期間OISTに滞在して特定の分野について議論する滞在型ワークショップも取り入れたいと考えています。また、専門外の聴衆を対象とした客員研究員の定例講演を木曜日の午後に行うなど、客員プログラムに基づくOISTコミュニティ向けのイベントも計画しています。」
第5研究棟が新たに完成した際には、OIST内に理論科学客員プログラムの専用スペースが設けられ、自発的な交流を促す配置が施される予定です。
シャノン教授は、「OISTでは、間仕切りがない個人作業用のオフィスと通常の会議室といったスペースが主流ですが、私たちはより包括的な配置にしてみたいと思いました。客員プログラムのためのスペースは、中心に開放的なディスカッションエリアを設け、その周囲を個人作業用の個室が取り囲むような形になる予定で、楽しみにしています。OISTのメンバーが気軽に立ち寄ってくれることを期待しています」と述べています。
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2023年度のプログラムに参加する客員とプログラム活動への募集は、年内に開始されます。詳しくはリンク先をご覧ください。