要求に応じた形状変化ナノ材料
ナノ粒子は、医療業界に大変革を起こす可能性を秘めていますが、そのためにはいくつかの 重要な性質を備えていなければなりません。まず、ナノ粒子が身体中に拡散しないようにするため、特定の 部位を標的とすることができる必要があります。さらに、医者や研究者がナノ粒子を追跡できるようにするため、ある種の検出方法が必要となります。最後に、ナノ粒子はその機能を必要とする時に正しく発露する必要があり、理想的にはある刺激に反応して機能する 必要があります。沖縄科学技術大学院大学のナノ粒子研究ユニットでは、これらの要件を満たすかつてない性質を備えた新しいナノ粒子の開発をしています。このたび、キム・ジョンファン研究員は1歩前進し、新しいタイプのナノ材料 、ナノシートの開発に成功しました。具体的には、酸性・アルカリ性などの周囲の pH環境に応答し、 丈夫かつ安定で光学的に追跡可能なスマート 二次元ナノ材料 を開発したのです。本研究は2014年8月12日、アメリカ化学会が発行するApplied Materials & Interfacesに掲載されました。
ナノシートは、その大きさがナノスケールに必ずしも一致しないことから、ナノテクノロジーの中でも異質な材料 です。キム研究員 が作製したナノシートは、厚さがわずか2〜3ナノメートルで、「ナノ」と呼ぶ には十分な薄さです。しかし、その長さおよび幅は、マイクロメートル単位、また表面積はセンチメートル単位で測定できる ものもあり、一般的なナノ構造よりはるかに大きいものです。ナノシートは、ヒトの髪の毛の数千分の1の薄さにもかかわらず、極めて破損しにくくなっています。ナノシート構造は、平らな状態から丸まった状態まで、形状を変化させる能力がありますが、残念なことに、ほとんどのナノシートは、自然に丸まったり、平らになったりしてしまいます。もしある刺激に反応して形状が変化するナノシートが設計できれば、新たに多くの応用分野での利用が可能となります。
キム研究員は、ナノシートにさまざまなポリマーを加えることで、ナノシートを反応性のあるものにすることを試みました。この実験で同研究員は、pHに反応する比較的単純なポリマーを組み込みました。その結果、得られたナノシートが、アルカリ性(高pH環境)では常に丸まり、酸性(低pH環境)では平らになるという性質があることを発見しました。さらにキム研究員は、ナノシートを人体に無害な波長である近赤外の光に対して反応性を持たせるようにしました。近赤外線を放射すると、ナノシートはその形状に応じて、 異なる波長の光を反射します。このようにして、キム研究員 は実際にナノシートが見えなくても、それを扱うことを可能にしました。こうした光学的な性質を利用してナノシートを解析することで 、pHを概算することができることを明らかにしたのです。
キム研究員は、生体医工学者が丸まったナノシートの中に薬を包み込み、シートが広がったときに薬が放出されるような状況を思い描いています。たとえば、pH応答性ナノシートは、酸性の胃とアルカリ性の腸の ようにpHが変化する、ヒトの消化管の異なった部位 を標的とすることに有用となりうるのです。しかし、これはまだ序の口です。なぜなら、応答性ナノシートの開発 は単に適したポリマーを添加するだけだからです。キム研究員は、「ナノシートは、ピザ生地みたいなものです。好きなものを、1つ、2つ、またはなんでもトッピングできます」と話します。感熱性のポリマーを添加したナノシートは、周囲の腫瘍を燃焼させて破壊することができ、非常に特異的な化学療法のように機能します。キム研究員は、「ナノシートをがん細胞に到達させることは容易にできます」と説明します。特定の組織を標的とするには、単に適切な指標となるバイオマーカーを加えればよく、その結果、身体は必要な部分にナノシートを送ることができるのです。
キム研究員は、「丸まることの優位性は、体内においてナノシート が 安全に、多くのマーカーや薬を封入する ことができることを意味しています」と話します。がん治療薬などの危険な物質をナノシート に封入することにより、医者は体内の極めて限定された部分だけを標的に することができます。その結果、投薬量を減らし、副作用を軽減することができるでしょう。同研究員は、「非常に多くのスマートポリマーや金属が存在します」と語り、ナノテクノロジーに取り入れたい多くの特徴 について説明しました。そして、「この新しいナノシートの 構造は複合的であり、あらゆる種類の特徴 を付加 することが可能であることを意味しています」と付け加えました。今、キム研究員がなすべきことは、単に、それぞれの目的に適したナノシートを作ることなのです。
ラッシュ ポンツィー