サンゴ環境DNA解析法の有効性を確認
沖縄科学技術大学院大学(以下、OIST)は、一般財団法人沖縄県環境科学センターや東京大学との共同研究で、これまでにOISTと東京大学で開発してきた「サンゴ環境DNA解析法」を、沖縄の海でサンゴ専門家ダイバーによる直接観察と共に実践し、その有効性を確認することに成功しました。サンゴ環境DNA解析法は、サンゴ礁の表面海水1Lに含まれる環境DNAを調べることによってそこに棲息する造礁サンゴを属のレベルで識別できる新技術で、本手法により、海に潜ることなく、大規模にかつ網羅的にサンゴ礁に棲息する造礁サンゴ属の広がりを調査する道が開けました。
本研究成果は、2023年3月29発行の英国科学アカデミー紀要Proceedings of the Royal Society B: Biological Sciencesに掲載されました。
研究の背景と経緯
亜熱帯・熱帯の海に広がる美しいサンゴ礁は、地球の海洋全体のわずか0.2%を占めるに過ぎません。しかし、そこは海の生き物の約30%が棲息する最も生物多様性に富んだ海域です。サンゴ礁を作り出す主役は造礁サンゴですが(褐虫藻と共生関係を持ち、炭酸カルシュウムの岩礁を作り出す)、最近の地球温暖化などの影響を受けて白化が進み、多くのサンゴ礁が消滅の危機に瀕しています。
造礁サンゴの分類調査や生態調査は、これまで専門家がスキューバダイビングやシュノーケリングで直接観察しており、サンゴに関する多くの知識が蓄積されてきました。一方で、地球規模でのサンゴ礁の危機に直面して、より広範でかつ網羅的にサンゴの実態を調べる技術や方法の開発が望まれていました。環境DNAとは、魚の皮膚からでる老廃物や、サンゴの粘液など、生物が環境に放出するDNAを指し、これを調べることによってその生物の実態を把握しようとする方法が環境DNA解析法です。この方法では非常に微量な環境DNAをPCR法によって増幅するために、増幅したいDNA塩基配列の両端に結合するように作られた合成DNA、すなわちプライマーを開発することが鍵になります。OISTと東京大学では2011年11月に造礁サンゴの環境DNAのみを増幅するプライマーの開発に成功し、この方法がサンゴの実態解明に役立つという予備実験成果を得ていました。そこで今回は、この方法が実際の海での大規模調査に本当に役立つものかどうか、専門家ダイバーによる直接目視観察と同時にチャレンジしました。
研究内容
今回の調査では、図1に示すように、二人のサンゴ専門家ダイバーによる直接目視観察による優占サンゴ属の同定と、船上で表面海水1リットルを2ないし3ボトル採集する(結果をダブルチェックするため)作業を同時に行いました。海水は出来るだけ早急に濾過し、フィルターに付着した環境DNAを固定しました。固定したフィルターをOISTの研究室に持ち帰り、造礁サンゴに特異的な方法で解析しました。
調査地点として、図2に示すように、沖縄島全周をカバーするような63地点を選びました。多くは水深3-10mの礁斜面で、またいくつかは水深1-3mの礁池です。2021年の9月初旬から12月下旬までの4ヶ月をかけて、それぞれのサンゴ礁での優占サンゴ属を2から4属記録しました。悪天候のため環境DNAの記録が取れなかった地点がひとつありましたが、計62地点で両方法のデータが得られました。
直接観察と環境DNA解析の結果、以下のことがわかりました。
(1) 沖縄島全体での優占属はミドリイシで、次にハナヤサイサンゴ、コモンサンゴ、ハマサンゴ、キクメイシなどが多く見られました。
(2) 調査して結果が得られた62ヶ所の全てで、環境DNA法はこれらのうちのいくつかの優占サンゴ属の存在を示しました 。
(3) 環境DNA法は直接観察よりも多くのサンゴ属の存在を示しました。
(4) 62地点のうち41地点では目視観察の結果と環境DNA法の結果が完全に一致(67%)、15地点ではほぼ一致しました(24%) (図3)。従って、91%(67+24%)以上の確で、環境DNA法は直接観察の結果を支持するといえます(表1)。
さらに、(5) これまでに沖縄島沿岸では記録さたことのないサンゴの存在が環境DNA法の結果から示唆されました。
今後のさらなる調査により、環境DNA法によって、目視観察では感知の難しかったサンゴ属の存在を示せる可能性があります。
今回の研究成果のインパクト・今後の展開
本研究論文の筆頭著者で、OISTマリンゲノミックスユニットの研究員である西辻光希博士は、「世界規模で消滅の危機に瀕死しているサンゴ礁を守り回復させていくためには、まず、サンゴ礁における造礁サンゴの実態を正確に把握することが必要です。造礁サンゴの実態調査は主としてサンゴ専門家の潜水調査によって行われてきました。しかしより大規模かつ網羅的な調査を行うためには、より汎用性のある技術が必要です。環境DNAメタバーコーデイング解析法はその候補として期待され、魚類の調査などに使われていますが、実際にそれを可能とするためには、いくつかの問題点を克服しなければなりません。」と説明します。
本研究論文の責任著者で、OISTマリンゲノミックスユニットを率いる佐藤矩行教授は、今回の造礁サンゴ環境DNA法の成功には少なくとも3つの要因があると言います。「一つは造礁サンゴが岩などに張り付いて動かないことです。もう一つはサンゴが大量の粘液を放出しサンゴ礁の表面にそのかなりの量が浮遊していると推測されることです。そして造礁サンゴ環境DNAだけを特異的に増幅できるプライマーの開発に成功したことです。これによって非常に微量のサンゴDNAを見分けることが可能になりました。沖縄島周辺の海はそれなりに強い流れがありますので、環境DNAも常時流動していると思われます。これらの問題点を考慮した上でも、90%を超える確率でサンゴの属を同定できたということは、この方法の汎用性を示すもので、これによって大規模で広範な造礁サンゴの実態調査の道が開けたと言えます。」
今回の研究でサンゴの目視を担当した沖縄県環境科学センターの長田智史氏は、「種はもとより属レベルのサンゴ類の生物多様性を広く網羅的に調べる方法は、これまで人海戦術しかなく、もし属数が種多様性に準ずる生物多様性の評価指標になるなら、今回発表したeDNA調査は、調査地域の生物多様性を評価できる今のところほとんど唯一の強力な方法なのではと思います。この方法により、白化現象や台風被害、赤土流出、オニヒトデ大発生などの規模の大きな攪乱の前後で、これまでよりずっと効率的かつ網羅的にサンゴ群集の多様性を評価でき、逆に回復過程でも検証できることを期待したいです」と述べています。
造礁サンゴは世界で236属1300種ほどが存在するとされています。今回の方法にはミトコンドリア・ゲノムの塩基配列情報が必要なため、現在検知できるのは45属だけです。これらの情報を増やしていけば、より広い範囲のサンゴを検知することが可能になります。
また、現在OIST研究グループは、NTTドコモがもつ水中ドローンの高い操作能力と共同で、より深い海域(20mから80m)でのサンゴ礁エコシステム(メソフォティック・コーラル・エコシシステム)の調査も始めています。これらの調査も今回得られた研究成果、すなわち造礁サンゴ環境DNA法の有効性の証明が基になって初めて可能となるものです。
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