縮まない電子
ヘリウムと言えば、色とりどりの風船をふくらますヘリウムガスが頭に浮かびますが、それだけではありません。ヘリウムは量子科学者にとって、物質に隠された最も謎めいた特性を解き明かすために必要とされる物質でもあります。この度、沖縄科学技術大学院大学のデニス・コンスタンチノフ准教授率いる国際研究チームがヘリウムを使った実験をおこない、電子が圧縮性を失う状態を発見しました。これは、超低温およびマイクロ波放射下の環境で電子が液体ヘリウムにとらわれると、圧縮性を失うというものです。パリ第11大学(Universite’ Paris-Sud)と理化学研究所の研究者との協働によるこの研究成果は、ネイチャー・コミュニケーションズ(Nature Communications)誌に掲載されました。
圧縮率は、圧力を受けた時の物質の体積変化を表します。通常、圧縮率はプラスを示しますが、より強い力が加わると体積が小さくなります。ゴム製のボールで考えてみましょう。握りしめる力が強いほど、ボールは縮小します。これは、加圧によりゴムボールの中の原子同士の間隔が縮むためです。同じような現象がテーブルのような硬い表面を持つ固体にも起こります。目で見ることはできませんが、テーブルの表面を押すと、実はテーブルの厚みがほんの少し押し縮められます。一方で、圧縮率がゼロの状態では、圧力を増加させても、体積の変化は見られません。コンスタンチノフ准教授と、彼の共同研究者たちはこの興味深い現象に着目し、研究を進めた結果、ある特定の条件下では、電子の圧縮率がゼロになることを発見しました。
研究チームは、タングステン線を使って電子を放出させ、これを極低温の液体ヘリウム表面に捕らえたときの電子の状態を研究しています。ヘリウムを使用したのは、0ケルビンという超低温でも液体の状態を保つことのできる唯一の量子液体だからです。それに加え、ヘリウムは純度が高く、滑らかな表面を形成します。その表面には1オングストローム以下、つまりヘリウム原子と同じサイズのほんのわずかな波紋が生じるのみです。3次元空間にある粒子は通常あらゆる方向に動き回っていますが、低温下に置かれた電子系は二次元構造に単純化されるため、ヘリウム層の表面にとらえられた電子の動きを二次元に制御することができます。
ヘリウムの2次元層の上下部には、振動電位を生じる輪状電極が2つ置かれています。ここでの振動電位は、電子に対して圧力を加える役割を果たしています。研究チームは、このような特定の磁場強度やマイクロ波周波数の環境下における電子間の距離を表す電子密度を測定しました。その結果、電子同士の間隔に変化は見られませんでした。これは、電子の圧縮率がゼロであることを意味します。
同じ実験装置を使って明らかになった興味深い事象がもう一つあります。それは、電子抵抗がゼロを示したということです。抵抗率がゼロというのは、極めて珍しい状態です。これは、物質内を電流が永久に流れ続けることを意味します。コンスタンチノフ准教授は、このような状態について次のように説明しています。「電気抵抗ゼロという現象は、物理界では常に大きな問題として捉えられます。通常、電流エネルギーは、抵抗や摩擦によってその一部が熱となって減少します。しかし、散逸も摩擦もなく電気抵抗がゼロの状態で物体が動くとき、そこでは何が起きているのでしょうか。つまり、ある物体を押すと、それは止まることなく永久に動き続けるということなのです。これは極めて稀な現象です。」この珍しい現象を説明しようと、他の科学者たちもその手立てを見出すのに苦慮しています。同教授は、「電子がどのように圧縮率、抵抗率ともにゼロという状態に達するのか、私たちにも分かりません。これは自然界における特異的な現象と言えます。」と語っています。
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